痛みを知る少女⑥
「ふーっ。こんな所か」
花壇に散らかっていた命の残滓は集められ、荒本先生が最後まで看取ると預かった。
わたしは額の汗を新品の制服で拭い、スコップを置いて嘆息する。
こういった作業は初めての経験だったが、先生の指示を仰ぎ、なんとかやり遂げる事が出来た。
「……よかった」
思わず声が漏れ、すぐに口を押える。
――何もいいことなんてない。先生が大切に育てていた花が、失われたばかりだと言うのに。
荒本先生を見ると、わたしをジッと見て視線を逸らさなかった。
「……すみません、不謹慎な事を……」
「大丈夫だ。何より、お前のせいで枯れたワケじゃない以上、お前が謝る必要はどこにもない。むしろ、手伝ってくれて感謝しているんだ」
「……感謝……わたしに、ですか?」
「そりゃそうだろ。逆に、お前以外に誰が居るんだ?」
出会った時の形相とは違い、今は晴れやかな顔をしている先生。憑き物が落ちたと言うより、未練が無くなったかの様な表情を浮かべている。
「……お力になれたか、微妙な所ですけど」
「いいんだよ。お前が慣れてない作業をしてるって、質問の数から察してたからな」
荒本先生は、金属音を立てて片付けながら笑っている。
「……すみません」
「大切なのは、姿勢だ。自分で言うのもなんだが、俺は学校の中じゃ嫌われモンだ。ついこの間も、明らかに染めた金髪の奴をしょっ引いて指導したからな」
「……でもそれは、校則を守らなかった人が悪いのでは……?」
「お前みたいに髪を染めてない奴でも間違えて注意するから、何とも言えん。だが、そんな野郎の花に、お前は真っ直ぐ向き合ってくれた。久しぶりに、教師をやっていてよかったと思ったよ」
「そんな……大袈裟ですよ」
わたしはただ、手伝っただけだ。その本心を伝えても、荒本先生は首を横に振る。
「いや、俺がそう思っているんだから、大袈裟でもなんでもないさ。園芸部の顧問をやっていた頃を、少し思い出せた」
先生は、どこか遠くを見る様に目を細めた。
「俺にはもう、家族はこいつらだけだった。その最期の幕引きに、汗水垂らして頑張ってくれた奴が居る。それが何よりも、ありがたい」
「さいご……でも、それじゃあまるで……」
「ああ。言葉遊びじゃねえが、最後でもある……そうすれば、余計な悲しみを生まなくて済む」
顔の汗をタオルで拭いながら、荒本先生は寂しそうにそう呟いた。
「もしかして、もう花は育てないんですか?」
「ああ。何より、こうして花が荒らされるのは、初めてじゃない。俺がここで生活指導を続ける限り、花を植えて、育てて、愛しても、いつかは踏みにじられてしまう。俺には、過ぎた真似だったんだよ」
「そんな事……」
わたしは言葉を続けようとして、気付いてしまった。
花には何の罪も無いと言ったわたしに、そう思うと同意してくれた先生の表情を思い返す。
「やったのはきっと、俺に恨みがある野郎だろう。だが、やられたのは俺じゃなく、俺が植えた花なんだ。そんな理不尽に……もう付き合わせたくない」
「……そう、ですか……」
植えられた花は、大層愛されていたのだろう。
それが無残に踏み散らされる無念は、計り知れなかった。
どこかで聞いた様な話だ。
親が愛し、育んだ子供が失われる――そんな話。
数少ないわたしの記憶に、思い当たるモノがあった。
差し詰め、わたしを指すのであれば、きっと――。
「……この花壇、わたしみたいです」
「あん? 何故、そう思う?」
「……ある人にとっては大切な思い出のある場所。でも、今のここには何もないですから」
何も残されていない、ただの園芸用の土。思い出を語る人が居なければ、そこにどんな花が咲いていたのかもわからない。
その空虚な場所に、わたしは確かな親しみを感じていた。
「似てる、ねえ……んじゃ、お前が花を育ててみるか?」
「……え?」
「ちょっと待ってろ」
先生は花壇の傍に建てられた、小さな倉庫に入って行く。
わたしはその姿を見て、ただ茫然としていた。