痛みを知る少女①
「僕達、その……恋人同士だったんです」
「……えっ、そうなんですか?」
新学期が始まってからしばらく経ち、大型連休が近付こうとしていたある日。
その日はわたしが初めて学校を訪れた日でもあったのだが、この世に生まれて一番苦労した日でもあった。
入院中に受けた呼び出しを律儀に守って、訪れた立ち入り禁止の屋上には、目覚めてすぐに出会った男の子が待っていた。
弓削絆が記憶を失っている事は、既に先生からクラスメイトに伝えられていたらしい。そして至る今日までには、学年全体に伝わっていた勢いだった様だ。
同学年だった目の前の男の子も例外では無いらしく、既にわたしの事情を知っていた。話が早くて助かると少し思ってしまったのは、ちょっと性格が悪かったかもしれない。
「それで……ええと、恋人の……あの……」
「そ、そうなんですよ! 僕達は恋人なんです!」
明らかに挙動不審で冷や汗を垂らす男の子。予てより知り合いだったのは病院での態度でも把握していたが、まさか恋人だとは思わなかった。
しかしこの、目の前に居る『弓削絆の恋人』は普段から落ち着きが無かったのだろうか。
正直わたしは突き付けられた事実の飲み込みに苦戦しているのだが、目の前で自分以上に狼狽えている人間を見てしまっては、取り乱す事もままならない。
とは言え、これでは会話が成り立たないし、先にも進めない。彼が落ち着くのを待つついでに、今日起こった事を振り返る事にした。芋づる式に昔の記憶を引き出せるかも、と妹に貰ったアドバイスに基づくのだが、最低限今日起こった事だけでも、覚えておいた方がいいだろう。
わたしには、それぐらいしか残されていないのだから。