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/days.  作者: 成希奎寧
前に進むということ
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前に進むということ⑧

「そう言えば、この部屋随分殺風景になったね?」


「あ、その事なんだけど……なんか、失ったの記憶だけじゃないかもしれなくて」


「え? 何それ、もしかしてオカルト的な?」


 琴葉に自分が見たモノのあらましを説明する。


 病室でモノが消えて行った事や、この部屋を見て両親が酷く驚いていた事などだ。


「あー、パパとママはこれ見たらビックリするだろうね」


「やっぱり元々は、結構色々あったんだね」


「色々あったなんてモンじゃないよ‼ 部屋に収まり切らなくて、私の部屋にまで流れ込んで来てたんだから‼」


「げっ……なんか、ゴメンね?」


「いや、今のお姉ちゃんに謝られても仕方無いし。って、ちょっと待ってて、もしかしたら私の部屋に何か残ってるかも」


 そう言い残し、琴葉はバタバタと部屋を後にした。


 部屋に取り残されたわたしは、病院での出来事を振り返る。


「……寄せ書き。あれも、確か残ってた」


 先程クローゼットを探った時、部屋に残された痕跡を探していた為、バッグの中までは見ていなかった。


 バッグから大き目の色紙を取り出し、眼前に掲げる。

 中央部の枠には、恐らく弓削絆の名前が書いてあったのだろう。その周囲に複数名のメッセージが記入される。それが、寄せ書きと言うモノだ。


 しかしそのほとんどが失われ、残されているのは二人分のメッセージのみ。


「トモヤマと……ニシナ、で合ってるかな」


 当然心当たりのある名前ではない。ただし、その二人のメッセージの中央部の空っぽの枠の下部に並んで記載されている辺り、弓削絆の知り合いである可能性は高いだろう。


「お待たせー。ダメだ、ホントにお姉ちゃんのモノがピンポイントで無くなってた」


 他に何か残されていないか色紙をくるくると回していると、琴葉が頭を掻きながら部屋に戻って来た。

琴葉は申し訳なさそうにしながらも、わたしの持っている色紙に目をくれる。


「おっ、寄せ書き? って、なんだコレ、スカスカじゃん」


 どれどれ、と色紙を引ったくり、品定めをする様に眺めている琴葉。


「あー、友山(ともやま)君と仁科(にしな)さん……からだけ?」


「琴葉も知ってる人なの?」


「そりゃあもう。友達が多いお姉ちゃんが、唯一家に連れて来た親友だもん。丁重に挨拶して、特に友山君にはお姉ちゃんに手を出さない様に詰め寄ったから、忘れるハズないよ」


 きっと友山君とやらの方が忘れられない経験だったろう、とまだ顔も見ぬ友達に同情した。


「でも仁科さんと付き合ってるって言ってたからノーマークにしたんだよね。私が最後に会ったのって中学三年の時だったから、もう二年くらい前だけどまだ続いてるのかな」


「ふうん……」


 話を聞いていて、顔見知りの男性の顔が一人思い浮かんだ。病院で声を掛けて来た、あの男の子だ。


「ねえ、もしかして友山君って、癖毛で眼鏡を掛けた男の子?」


「……んー、私の知る限り、になっちゃうけど眼鏡は掛けて無かったと思う。でもお姉ちゃん、なんでそんな具体的な外見が出て来たの? タイプなの? て言うか知り合い?」


「……ううん、別に。なんとなく、そんな気がしただけだから」


 ふうん、と怪訝な顔をする琴葉。もしかしたら、どこかで見掛けたのかもしれない。


 看護師さんが部屋から退出し、主治医の先生を連れて戻って来るまでの間だけ現れた、謎の男の子。


 彼の正体を知っておきたかったが、他に情報が無い今、下手な吟味は避けた方が良いだろう。


 明らかに人の目を避けた仕草。


 そして言い残した、あの言葉。


『絆さんが復学した日……学校の屋上で待ってます。どうしても、伝えなきゃいけない事があるんです』


 となれば、直接会って話を聞くに越した事は無い。琴葉に不審がられたり恫喝されたりするのもかわいそうな気がする為、黙っておこう。


「二人はどんな人なの?」


「あ、写真撮って置けばよかったね。仁科さんは明るい栗色の髪でおっぱいおっきくてね。でも友山君は特徴無いんだよなー」


 なんかそこら辺に居そうな人だと思う、とかなりアバウトな情報が続く。しかし何の参考にもならなかった為、とりあえず保留とした。


「他に何かない? 何かこう、身に付けてたモノとか」


「……あっ。そうだ、二人お揃いで腕にブレスレット付けてたよ。お姉ちゃんが交際記念でプレゼントしたとかで……二人ともお姉ちゃんと三年間同じクラスだって聞いてるから、学校行けば会えるんじゃないかな?」


「わたしがプレゼントした……ブレスレット、か」


 もし学校に行ったとしても、ブレスレットを外していれば友山君に気付く事は不可能だ。


 しかし、仁科さんさえ判明すれば深い人脈を辿れるハズだ。記憶を取り戻すのであれば、これ程の近道は他に無いだろう。学校に通う必要性が増したのは、嬉しい誤算だ。


「んん? この寄せ書き変だよね。他にもたくさん書いてありそうな字の大きさとスペースなのに」


「最初見た時は、他の人のメッセージもあったんだけど、なんかこう……消えちゃって」


「消えたぁ⁉ いよいよ本格的にオカルティックな話になって来たね……だとしても、なんで二人のメッセージだけ残ってるのさ」


「……わからない、けど」


 きっとここに、鍵が眠っている気がする。

 そして恐らく、鍵の他に。


 ――この二人が、何の為にこの寄せ書きを贈ったのか、その理由も。


「ちょっと、もう一回わたしにも見せて」


「え? あ、うん。はい」


 琴葉に肩を並べ、弓削絆に書かれたメッセージをもう一度読む。


『このメッセージが読めてるって事は、意識が戻ったんだな! よかった‼ 友山』


『退院おめでとう! すぐ目覚めるって信じてるから。未来の貴方への言葉です。仁科』


 一見何の変哲もない応援の様に見えるが、一部の文言に目が行った。


「……未来の、貴方?」


「あ、お姉ちゃんもそこに引っかかった? 入院してる人への寄せ書きって、普通病気の人を元気付ける為にメッセージを書くよね。でも、何故かこの二人は……」


「意識の戻らない弓削絆じゃなくて……元気になった――わたしにメッセージを送ってる」


 恐らく消えて行った他のメッセージは、眠り続ける弓削絆へ贈られた言葉だったのだろう。千羽鶴や花も同様に、弓削絆の名前と共に喪失したのだ。


 その中で、二人分のメッセージだけがキレイに並んだ状態で残る。そんな偶然が、いったい有り得るだろうか。


「信じられないけど……なんか知ってるんじゃない? この二人」


「……かもね」


 友山、仁科の両名に会う事。これが今のわたしに課せられた、最優先事項なのだ。


 しかし、解読を進めて行く内に、心に抱く恐れも大きくなって来た。触れてはいけない禁忌を犯そうとしている、そんな漠然とした不安に駆られる。


「ね、他にもこの色紙にヒント無いかな? なんか謎解きみたいで面白くなって来た‼」


 琴葉が発した、無神経にも取れる言葉。きっと本心なのだろうが、ただ疑問と不安が膨れていくばかりの心に、確かな勇気を与えてくれた。


「大丈夫。何事も前向きに行こう、お姉ちゃん」


 そう言って、琴葉はにっこりと笑った。


「……そうだね」


 親譲りの優しさを感じながら、わたしは色紙をひっくり返した。裏面は黄色地に模様の描かれているだけで、一見変な所は見当たらない。


「んっ? そこ、何か書いてない?」


「えっ?」


「ほら、ここ」


 琴葉の白魚の様な指が差す場所には、描かれた模様とは色の違う小さな文字が書いてある。目を凝らすと、ある文言が読み取れた。


『仁科優希から弓削絆へ。この色紙を貸与致します。然るべき時に返却願います』


「貸与……って、貸すって事だよね? いや、贈っといて『貸すだけだから、色紙は返せよ」』って言われたらドン引きだなぁ」


「でも、これが色紙の失われていない理由だとしたら……まさか、所有権?」


 病院で喪失したモノの中には、わたしの衣服なども入っていたと考えていた。わたしが目を覚ましてから、両親が生活用品を買い揃えてくれたのは記憶がある。


 しかしあの世話焼きな両親が、果たして眠っている間に何も用意しなかっただろうか――答えはきっと、ノーだ。きっと既に、色々な備品を買い与えていたが、失われてしまったと考えるのが妥当だ。


「琴葉、わたしが病院に運び込まれた時に呼び出されたって言ってたよね?」


「そうそう。ホントにビックリしたんだから! ママは必要なモノは無いかってうろうろしてどっか行っちゃうし、パパはパパでお姉ちゃんの傍から動こうとしないし」


 琴葉の証言で裏も取れた。やはり、事前に買い与えられたモノは失われている。寄せ書きがその形を残していたのは、なんらかの手段を経て例外となったのだろう。


 そして大きなヒントになるのは、やはりこの部屋だ。家中の家具が無くなるのではなく、弓削絆の部屋のみがピンポイントで殺風景に変わった。

 個人の部屋に多いモノと言えば、自らが所有権を持つ所有物に他ならない。琴葉も何か思い付いた様で、しきりに部屋を見渡していた。


「琴葉の部屋に置かれてたわたしのモノって、無くなってたんだよね?」


「うん。昔お姉ちゃんに貰ったおさがりの服とか、ほとんど無理矢理押し付けられた本とかは残ってたけど、部屋から溢れて来た様なお姉ちゃんのモノはからっきしだった」


「……初めて部屋に入った時にあったのは、あの空っぽの本棚と収納ボックスぐらいかな」


「収納ボックス……あっ、お姉ちゃん、あれ私のだよ‼ 勝手に持って行ったな⁉」


「ええっ⁉ し、知らないよそんなの! 似てるのをたまたま買った、とかじゃなくて?」


「あの収納の蓋、私が改造して取っ手を付けたんだよ‼ 昔のお姉ちゃんめ……証拠を見せてあげるよ」

 そう言うと、琴葉は収納ボックスに近寄って蓋を開け、内部に手を差し込んだ。


「えっと確か……あった‼ ほらここに私のへそくりが入ってるもん‼」


 琴葉が見せつけて来た封筒にはかわいらしい文字で『ことは☆』と書いてあった。


「ホントだ……」


「まあ、今のお姉ちゃんに言っても仕方ないけど……どうすればいいの、このぶつけ様の無いモヤモヤは……まあ仕方ない、とりあえず貸しておいてあげるよ……でもいつか返してね?」


 琴葉を気の毒に思いながらも、残されたもう一つへと話を進める。


「わかった。それと琴葉、あの本棚に見覚えってある?」


「あれ? 確かパパの本棚だよ。お姉ちゃんが将来の為にたくさん勉強したいって言ったら、パパが感激して貸してくれたんだよ。それ、パパの命の恩人なんだって」


「本棚が、命の恩人?」


「なんか小さい頃、その本棚が無ければ死んでたらしいよ。詳しくは全然教えてくれないけど、パパにとってかなり大切なモノなんだって。あんまり汚さないであげなよ?」

「……そうなんだ。わかった」


 経緯は謎だが、どうやらあれも弓削絆のモノではなかったようだ。


 話があちこちに逸れたが、そのおかげで状況が一歩前進した。


 かなりややこしいので、一度整理しておこう。




 その一。失われたのは、弓削絆が所有していたモノに限る。買い与えられたモノ等も例外では無い。

 

 その二。ただし、貸与されたモノや、本来の所有者の承認無しで行われた譲渡によって弓削絆が所持していたモノは除く。本人が所持していても、名前が明記されたモノは失われない。

 

 その三。贈られたメッセージ、及びそれが記されたモノも失われる。贈られた手紙等は、カタチすら残っていない。

 

 その四。ある地点から先の時間に存在する弓削絆に宛てられたモノは対象外となるが、なんらかの条件が揃った場合のみ。



 

 様々な制限の元、ルールに則ってわたしはここに居るのだ。


 もし弓削絆を取り戻すのであれば、この条件下で失われていないモノを集めなければならない。


 最もわかりやすいのは――。


「ん? 私の顔に見惚れてる? オッケー、じゃあ熱いキスでもむぐぐぐぐ……‼ 痛い、地味に痛いからほっぺ掴むのやめぐぐぐぐ⁉」


 ――人だ。関係のあった人間に残った、弓削絆との記憶は失われていない。


 その記憶が偽りである可能性は、否定出来ない。ここまで不可解な事が続いているのだ、正常なモノが一つも無い事すら十分に考えられる。


 例え全てが狂っていたとしても、狂った世界で求められる、狂ったわたしが揃えられれば問題は無い。


 人が経験を積み重ねて得る正しさと言う線引き。それすらも失ったのが、ここに居るわたしなのだから。




 一つの決心を抱え、両親に復学する旨を伝えてから、数日後。


 火急で学校に必要なモノを揃えて貰い、復学の準備を果たした。


 渡されたGPS搭載のスマートフォンには、家族三人の連絡先と、地図アプリが備えられている。


 両親に地図完備のモノを進められた時は、道に迷ったのがバレたのかと思い、相当ヒヤヒヤした。


 しかし、念の為だから、と心配からの勧めだったらしい。それをわたしが快諾、と言った形で機種が決定された。気を遣わせてしまったが、それもあと少しの辛抱だ。


 埃一つ見当たらない制服を指でなぞる、復学前夜。


 期待よりも不安の方が強く、心のざわつきが収まらない。


 しかし、ここで足踏みをするだけでは済ませられないのだ。


 その為に出来る事も、事前にやってある。


 話し合った後日、琴葉の協力の元、わたしが一人で行えない行動を確認した。が、学校生活を送る分には問題は無さそうだ。

 ただし、スポーツ等の単純に身体を動かすだけでは終わらないモノは出来ないとわかっている為、無理は禁物だ。


 琴葉は、わからない事があった時は他の人に聞いて対処すれば大丈夫、と前向きな助言と共に背中を押してくれた。


 騒がしかった、けれども支えになっていた琴葉は寮に戻った為、後は自力で何とかするしかない。

 優しく接してくれるあの二人が、これ以上苦しまなくて済む様に。


 弓削絆を取り戻す事で、わたしが享受した恩に報いるのだ。


 この世にわたしが産まれて数週間。これだけ経って、ようやく明確な目標を抱けたと思う。


 決意を新たに、わたしは床に付く。


 きっと、何も変わらない明日がやって来る。


 淡い期待も、何もいらない。


 待っているだけでなく、自分の足で出向き、この手で変化を掴みに行くから。


 例えその先に何があろうとも、前に進まずにはいられない。


 それが過去を持たない、わたしと言う人間の生き方だった。

 


 前に進むということ 終

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