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/days.  作者: 成希奎寧
プロローグ
1/46

プロローグ①

 目が覚めた時、唐突にわたしと言う存在が始まった。


 産声も上げず、最初からそこにあった様に佇むわたし。しかし、確かに今この瞬間に産まれた事は、なんとなくわかる。


 ぼやけた視界が少しずつクリアになって行き、見慣れない天井が目に映る。

 感覚の鈍った首を動かし、周囲を確認した。


 ピッ……ピッ……と、一定のリズムを刻む心拍計の電子音。その音に合わせるかの様なペースで落ちる、点滴の雫達。


 白を基調にした部屋は、寄せ書きや千羽鶴、それに多数の花で彩られている。

 間違いなく、ここは病院における病室なのだろう。


 それもきっと、わたしが眠らされていた――いや、入院させられていた、が正しいのだろうか――場所でもある。


 ――わたしが? 何故入院をしているのか。


 頭と心にぽっかりと、穴が空いているみたいだ。

 そう認識した時、部屋から何かが消え去って行くのを感じた。


 わたしはただ、その『失われて行く何か』を看取る事しか出来ない。


 それは、わたしが産まれる前から宿命付けられていたかの様に。


 部屋を彩っていた花々は虚空に散り、折り紙で出来た鶴は、過去に向けて羽ばたき去って行く。


 最も不気味だったのは、茶色の棚に飾られた寄せ書きで、大半の文字が溶けて消えて行った。にも関わらず、本体の色紙と、短めのメッセージだけは残されていた。


「……よい、しょと」


 重たい身体を起こし、点滴の差さっていない手で寄せ書きを引き寄せる。勿論、残されたメッセージを確認する為に。


『このメッセージが読めてるって事は、意識が戻ったんだな! よかった‼ 友山』


『退院おめでとう! すぐ目覚めるって信じてるから。未来の貴方への言葉です。仁科』


 失われていない言葉の前向きさに、少しだけ慈しみを覚えたのも束の間。


 がらがら、と引き戸が音を立てて開かれる。これまた白を基調にした服装の、女性の看護師さんが部屋に入って来た。


弓削(ゆげ)(きずな)さーん。検温の時間なので、計らせて下さいねー」


 看護師さんは清潔感を出す為なのか、髪を一つに束ねて折り曲げている。スニーカーとリノリウムの床が擦れる音を鳴らしながら近付いて来た為、寄せ書きを元あった場所に戻した。


 ユゲキズナ。聞き慣れない言葉だったが、恐らく人の名前だ。加えて言うならば、検温される立場に居る者――患者だろう。


 そしてここは個室の為、該当する人間はただ一人。

 

 飲み込めない状況に戸惑いながらも、外見とは裏腹に慣れた手付きで道具を用意する看護師さんに必要な事を尋ねる。


「体温……どこで計るんですか?」


「そうだねー、やっぱりいつも通り脇で計るから――えっ⁉」


 ベッドテーブルに広げた血圧計や体温計を置く手を止め、わたしをまじまじと見る看護師さん。まるで、信じられないモノを見た、と言わんばかりに驚愕の表情を浮かべている。


「お、起きたの?」


 問いに対し、小さな首肯で応えた。少しの間、看護師さんはそのまま硬直。そして、

「せ、せんせーっ! せんせえええーっ! 弓削さんが目をーっ!」

 と変なイントネーションの叫び声を上げながら走り去ってしまった。


 どれだけ長い間眠っていれば、目を覚ますだけで一人の人間の平静を奪えるのだろう。そんなどうでも良い事を考えながら、わたしはやり場のない感情を抱え、病床に佇んでいた。


「き、絆さん⁉」


 開けっ放しだった扉の先に、学生服に身を包んだ男の子が飛び込んで来た。眼鏡を掛けた癖毛が特徴で、上体を起こしただけのわたしを見て、顔をくしゃっと歪めた。


 花に魅せられた蝶の様に、朧気な足取りでこちらに向かう男の子。どうやら、彼はわたしと面識がある様なのだが、彼に掛ける言葉が見つからない。


 何をどう伝えようか迷っている内に、男の子が傍らまで近付いて居た。点滴が吊るされている側に立ち竦み、わたしをほんのちょっぴり高い所から見下ろしている。


「……えっと、ごめんなさい。その、わたし、は……」


 何かを言わなくては、と言う思いばかりが先行して、言葉が上手に紡げない。それを止めるかの様に、男の子は涙を目に溜めて、口を開いた。


「……絆さん。弓削、絆さん。僕は、あなたに……」


『早くして下さい先生! 絆さんが起きたんです! 早く! ああもう、なんで止まっちゃうんですか!』


『ま、待ちなさい……ぜえっ…い、息が……っ‼』


 男の子の言葉を遮る様に、喧騒が遠くから聞こえた。目が合っていた男の子はバツの悪そうな顔をし、踵を返しながら続ける。


「絆さんが復学した日……学校の屋上で待ってます。どうしても、伝えなきゃいけない事があるんです」


 男の子はそれだけ言い残して、病室を去ってしまった。ただ事では無い様子だった為、内容は少し気になるが、答えを知るのは少し先になりそうだ。


 しばらくして、息を切らして汗だくの白衣の医師と、検温の準備をしていた看護師さんが開かれた病室に入って来る。

 

 目が覚めてから怒涛の出来事の連続。ここに来て、ようやく肌寒さに気付いたわたしは。


 ――くしゅん、と小さくくしゃみをした。




 

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