第六話 かけがえのない
第六話「かけがえのない」
ヌト、ハラン、ゼン、アラナの四人と愛犬のルゥはイチゴイチエに着いた。
「早く、ドミニク先生にアラナとルゥの手当てをしてもらわないと!」
と言いながらゼンは店の扉を開ける。だか、そこで待って居るはずのドミニクとレオンの姿がなかった。
「二人は…?」
とヌトは部屋を見渡す。そして、ゼンがカウンターに置き手紙があるのを見つける。
「これ、ドミニク先生からじゃないか?」
その置き手紙には、ヌトへ緊急にレオンの状態を診察したい。と言う内容が殴り書きで書かれていた。それを見たヌトは驚いた表情をして診察…?と呟く。
「なに、診察⁈とにかく!ドミニク先生の所へ行こう!ほら、急げ!」
とゼンが言うと四人と一匹はイチゴイチエを出た。
そしてドミニクがいる診療所に着くとそこにはドミニクの部下、助手のカレンが居た。そしてヌトに気づいたカレンが言った。
「ヌトさん!レオンくんなら今ドミニク先生が診察してるわ!」
「診察て何の診察なんです?もしかして、レオンの身に何か起きたんですか…?」
とヌトは愛犬のルゥを抱えながらも、心配のあまり食いつくようにカレンを質問攻めにする。
「ヌトさん!今、それを調べてるところよ!落ち着いて待って下さい!」
とカレンはヌトを腰掛けに強引に座らせる。
「…はい、すみません」
とヌトはカレンの勢いに負け、思わず謝ると大人しく座った。そして、その横にハランとアラナも座るとハランが言った。
「父さん、レオンならきっと大丈夫だよ」
「…あぁ、そうだな」
と二人は不安を隠すために無理に笑顔をつくる。
すると、弱り果てているアラナとルゥを見たカレンは一体何があったんですか⁈と言った。そしてゼンはカレンに軽く状況を説明をすると、カレンはアラナの痛そうにしている腹を触って確かめる。
「…肋骨が骨折してるわ」
詳しく診たいので、と言ってカレンはアラナとルゥを診察室に移動させた。
そして何分か過ぎた頃、別室からドミニクが出て来た。ドミニクはどこか深刻そうな表情をしている。そして、ヌトはドミニクが出て来ると直ぐに立ち上がり言った。
「先生!レオンは!レオンはどうなんですか?」
「ヌト…言いにくいが、レオンは…」
と言いかけたところでドミニクは腰掛けに座るハランとゼンを交互に見ると、ヌトとゼンを別室に呼んだ。
そしてハランは一人座り、別室から少し聞こえる三人の微かな声に聞き耳を立てた。そこで三人はレオンの事を話しているようだったが、ハランには難しい言葉で良く分からなかった。
何分かして、ドミニクとヌトとゼンの三人は別室から出て来た。そしてヌトは目で何かを伝えるようにドミニクとゼンを見て頷くと二人も頷いた。そして先から心配そうな表情をしてこっちを見ているハランの側に来るとヌトは言った。
「ハラン、アラナとルゥの診察が終わるまで
少し…外を歩くか!」
「え、うん…?」
ハランは予想外の言葉に驚いて少し間があったが返事をした。
ほら、と言いヌトはハランを立たせるとドミニクに軽く頭を下げる。そして二人は診療所を出た。
「父さん、レオンは?レオンは本当に大丈夫なの…?」
少し歩き海が見えてくると辺りはもう真っ暗だった。突然ヌトが歩く足を止めると、後ろで歩くハランの足も自然に止まる。そしてヌトは海の方を向いたまま呟くように言った。
「…ごめん、ハラン…」
謝るヌトの声はどこか震えていた。ハランはヌトの声が聞き取れなくて少し頭を傾げる。
「父さん…?」
すると、ヌトはハランの方を向きしゃがみこみハランの目を見て言った。
「レオンは大丈夫だ、今は…」
「今は…てどういうこと?」
すると、ヌトは少し下を向いた。
「父さん…?」
「レオンの心臓は、人よりも弱いみたいだ…」
「弱い?病気なの?」
「あぁ、走ったり激しい運動したりできない、少しでも無理をして悪化したらレオンの命が危ない…」
「治せないの?ドミニク先生なら…!」
「あぁ、ドミニク先生もゼンも出来るだけの事はしてくれるって言ってるんだ」
けど…と言うとヌトは立ち上がりハランに背中を向けた。そして涙を堪えながら言うヌトの次の言葉をハランは待つ。
「今すぐってわけじゃない…ただ、レオンの命は普通の人より長くはない…長生きはできないって…」
「そんな…!」
ハランはヌトの月明かりに照らされた背中を見つめる。
だから…とヌトはハランの方を向く。
「父さんも命をかけてレオンを守る、その為にも確かめないといけない事があるんだ!
だから、ハランとはまた少しの別れになるが…」
「なんで?確かめるって何を?また、どこかに行っちゃうの?いつ帰ってくるの?僕は…!」
「大丈夫だハラン、やるべき事が済んだらすぐ帰って来る!心配するな、な?」
と興奮するハランをヌトは宥める。
そして、そろそろ戻るかと言ってヌトは来た道を再び歩き始めると背後からハランの、父さん!と呼ぶ声がした。
すると前を先に歩いていたヌトを追い抜いてハランはヌトの目の前で止まり言った。
「僕に出来ることはないの?また母さんの時みたいに一人、ただ逝くのを見ているだけなの?僕は…どうすればいいの?」
ヌトはそんなハランの真っ直ぐな心の叫びに力強く抱きしめる。
「今、ハランに出来る事はレオンの側にいてやる事だ…」
「…それだけ?」
ハランは納得できないという顔をした。
「あぁ、重要な事だぞ?」
とヌトは優しく微笑みハランの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。だから、帰ろう…と言うとヌトはハランを横切り、再び先に歩き始める。
そんなヌトの背中をハランはしばらく見つめていた。