第二話 母の願い
第二話 「母の願い」
夕陽が一人の少年を照らしては海に沈んでいく、ハランは砂場に座り蹲っていると、そこに愛犬のルゥがハランの隣に座りハランの頬をつたう涙を慰めるかのように舐める。
それに気づいたハランはルゥを見ては優しく撫でると自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「わかってる…わかってるんだ、泣いていたって何も変わらないって事は…わかってる、だから…心臓が必要なんだ…」
ハランは溢れ出しそうな涙をこらえながら自分の拳を握りしめる。
そして突然、後ろからハランと呼ぶ声が聞こえる、ハランは声がした方へ振り向くとそこにはアラナが立っていた、全速力で走って来たのかアラナは息を切らしながら言った。
「ハラン…ク、クララさんが…クララさんが!」
とアラナが言い終わる前にハランはその場を走り出していた。
陣痛が始まり、予定より一日早く赤ちゃんが産まれてきそうだった。
苦しそうで辛そうなクララの姿に圧倒されハランは何も出来ないでいた、だがそこにゼンがクララの側に行けと言うかのようにハランの背中を優しく押す、ハランは振り返りゼンを見るとゼンは微笑み、大丈夫だと頷いた。
ハランはクララの生死をかけて頑張っている姿に今にも泣き出しそうな気持ちでいっぱいだった。
だが、我慢しながらもクララの側に駆け寄るとクララはハランに気づいた、そしてハランの顔を見ては微笑むとクララは自分の手をハランに差し出した、ハランはその手を取っては握り締めるとクララの握り返す手は熱くて力強かった、するとハランは今まで我慢していた涙が一気に溢れ出した。
そして赤ちゃんの産声が部屋中に響き渡る、それと同時にクララが先までハランの手を握り締めていた力が抜けていくのがわかった。
ハランは慌てて、母さん!と何度も何度も呼ぶ、そしてクララは意識が遠退いていく中、ハランに最期の言葉を振り絞り言った。
「ハラン…産まれてきてくれて…ありがとう、泣かないで…たった…一人のあなたの弟を守って……」
ハランは泣きじゃくりながら、母さん!母さん!と必死に呼ぶがクララの意識は遠退いていく。
「母さん!」
ハランの声が部屋中に響いては消えた。
ドギヤ国の王の息子、ノアの誕生祭当日。セデラル街の人々達は五歳の誕生日を迎えるノア王子を祝うための準備で賑わっているなか、クララが亡くなって一日が経とうとしていた。
亡くなったことに気持ちが追いついていかないハランは何もやる気が起きずに家にいて、ずっと布団の中に潜り込んでいた。
外から微かに聞こえる街の人達の声にハランは耳を塞ぐ、今は幸せそうな楽しそうな声は聞きたくなかった。何分かそうしているうちに睡魔がハランを誘う。
実は、ここ最近まともにぐっすり眠れていなかったのだ。クララのことがあってか不安で夜中もうなされる事が多くなっていた。
そしてハランは睡魔に負け、夢の中へと眠ってしまった。
そうして、どのくらいの時間眠ってしまったのかハランは目を覚ました。外はもう真っ暗だった。
するとハランの部屋の扉を誰が叩く音がした。その誰かは入るよと言うと扉を開け部屋の中へと入って来ては言った。
「ハラン、ゼンが夕飯が出来てるから食べに来い! てさ、行こう! 」
「嫌だ、外に出る気分じゃないんだ…お腹空いてない…」
ハランは布団にくるまりながらそう言うと、その誰かはハランが被っている布団を無理矢理に剥がした。
「うわ! 眩しい! 」
「まるで吸血鬼が言いそうな言葉だな」
とその誰かは言った。もう誰がいるのか分かっているハランは溜息をつき眩しいながらも瞼を開けると、そこにはハランの予想通りアラナが腕を組んで立っていた。
「やっぱり、アラナ…」
「ほら、行くぞ! 」
夜のセデラルの街は誕生祭の賑やかさは消え、街の人々達は祭りの片付けをしていた。
ハランとアラナはゼンが作った夕飯を食べ終えると、家に帰る為に街灯が少ない真っ暗な道を歩いていた。
ゼンが言うには今のハランを一人にするのは危険らしく、アラナがハランを家まで送っているのだ。
アラナが手に持っているランタンの灯りで少し歩きやすくなる。
そして、川が流れる音が聞こえる。セデラルの街にはホワイトロードと云う名の川があり、二人はそこら辺の土手に座った。
「たまには外の空気も良いだろ?」
アラナは背筋を伸ばしながら深呼吸をする。そして突然ハランは何かを呟いた。アラナは良く聞き取れなくて、は? と聞き返すとハランはもう一度、今度は聞き取れる声で言った。
「僕…決めたんだ、今夜…迷いの森に行く」
「は? 何言ってんだよ突然、森って…」
「そうだよ、今日一日中考えていたんだ…もし、生き…」
「もう、行かなくていいだろ?」
とアラナはハランの言葉を遮った、そして続ける。
「神の心臓は、クララさんの病を治す為に必要だったんだぞ?でも、もうクララさんはこの世にはいない…だから心臓は必要ないだろ!」
「必要だよ! 神の心臓さえあれば…心臓は治すだけじゃなくて死者も甦らす力があるって云われてる、だから母さんを甦らせれるかもしれない…! 」
「ハラン! それはしたらいけない事なんだぞ! もしやったら、世界に何が起きるか分からない! 」
アラナはハランの考えている事が理解できなくて自然と大声になる。
「わかってるよ! いけない事だって! 」
ハランも大声になる。そして、その場を立ち上がると強く自分の拳を握りしめ、でも…と下を向く。
するとアラナも立ち上がり、ハランの両肩に手をおいては悲しそうな表情で言った。
「ハラン、クララさんが死んで辛いのは分かる…でも、甦らすことだけはしちゃいけないんだ…どんなに辛くても受け止めて、乗り越えなきゃ…」
アラナは下を向くハランを見つめる。だが、ハランはアラナの手を振り払うと言った。
「アラナに…母さんが死んだ辛さなんか分かるもんか!」
僕は行く! とハランは迷いの森へと歩き出す。悲しい事にアラナの声はハランには届かなかった。
ハラン! アラナは迷いの森へと行くハランを追う。
迷いの森に入ったハランは心臓が封印されていると云われている湖を探す。
森の中に入った者は誰一人として、湖を見つけられないまま帰っては来れない。それほど湖を見つけだすことは難しいのだが、神の心臓はハランが右腕に着けている腕輪に反応した。
その腕輪は父親、ヌトの書庫から見つけては勝手に持ち出して来た腕輪だ。ヌトがこれをよく身に着けているのを知っているハランは、前からこの腕輪が気になっていたのだ。
だが、いつからかヌトは腕輪を身に着けなくなり、大事そうに箱に保管しているのをハランは見ては覚えていた。
そして、腕輪に付いている石は特別な力を持つ石だと街の人々が話していたのを、たまたま聞いたハランはきっと神の心臓と何か関係しているのではないかと予想していた。
すると、ハランの予想通り腕輪に付いている石が突然光だし道を示した。
その光が示す道をハランは歩いて行くと徐々に湖が見えてくるではないか。なんと、その光が示す方は湖の中だった。
すると、その腕輪によって封印が解けたのか湖一面が光輝き、森に強風が吹いては樹々が激しく揺れる。
そして、ハランは強風と心臓の力が強過ぎて抵抗できないまま気を失ってしまう。
気を失ったハランは起きると自分の部屋のベッドにいた。ベッドの近くの窓にある、カーテンの隙間から射す日の光が眩しくて思わず目を瞑る。
そしてハランは辺りを見渡すと、そこには椅子に座って居眠りをしているハランの父親のヌトがいた。
ハランはヌトが一年ぶりに街に帰って来てる事に驚いて、父さん…?と呼ぶ。
すると、ハランの声に反応したのかヌトは目を覚ました。
「ん…?ハ、ハラン!やっと目を覚ましたか!」
とヌトは興奮して慌てて椅子から降り、必死にハランの心配をする。
「大丈夫か?ハラン、どこも怪我してないか?」
「うん大丈夫、でも…僕…なんで…?」
「あぁ、アラナがハランをここまで運んで来てくれたんだ。」
「そっか、アラナが…」
と言うとハランは突然何かを思い出したのか、心臓は?どこ?とヌトに問いかける。
そしてヌトが横に首を振ると、ハランの頭を優しく撫でた。
「失敗したんだ…封印は、解けなかった…」
そう言うとハランは下を向き、蚊の鳴くような声で父さん、ごめんなさい…と謝ると、ヌトに迷いの森に行った理由を話し始めた。そして勝手に腕輪を持ち出した事も謝る。
すると、それを聞いたヌトは今度はハランを優しく抱きしめる。
「いいや、謝るのは父さんの方だ…今までハランにこんな辛い想いをさせてしまった…ごめんな、ハラン」
ハランの目からは大粒の涙が溢れでてくる。
「ごめん、ハラン…一人で良く頑張ったな」
ヌトの服は、ハランの涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。そしてヌトはハランの瞳を見ると言った。
「これからは俺も一緒だ、二人で乗り越えていこう!」
「父さん…!」
「いや、三人か!」
「そうだよ!」
と二人は笑い合う。そして、ヌトはもう一度
「父さんとハランと赤ん坊と三人で乗り越えていこう!」
と言い直した。なんだか久しぶりの再会にハランとヌトは照れ臭くて、また笑った。
すると突然部屋の扉を叩く音がして、勢いよく扉が開いた。そしてアラナが、ハラン! と呼んでは入って来る。
「良かった! 無事で! 」
アラナは、ハランが無事だったことに安心して半分泣きそうになりながらも、嬉しさのあまりハランに抱きつく。
「く、くるしいよ…アラナ」
すると、抱きつくアラナの背後にゼンが両腕に何かを抱えて現れたのに気づいた。
「ハラン! ヌト! 」
ゼンが二人の名前を呼ぶと、ゼンが両腕に抱えているそれを見た二人は驚いた表情になり顔見合わせる。
ゼンは両腕で抱えている赤ちゃんをヌトに、そっとゆっくり渡す。
すやすや幸せそうに眠っている赤ちゃんを見て、感動で泣きそうになるヌト。
「ほら、見てみろ ハランの弟だ」
「僕の…弟…?」
「あぁそうだよ、母さんが最期に残した命だ」
顔も手も足も小さい体で必死に生きようと頑張っている赤ちゃんに、二人は自然と笑顔になる。