8話
ノロノロと遅い竜車に揺られること数時間。見渡す限り同じ光景だった平原にポツポツと大きな木々が見え始めた。そろそろ目的地が近いということらしい。
ちなみにアースリザードは緑色のゴツゴツした表皮のでかいトカゲで、亜竜の中では低級に位置するけど、そこは腐っても亜竜。そこいらの雑魚モンスターよりかなり強い。
そして性格は温厚で、餌付けをすればすぐに懐くのでかなり便利なモンスターだ。
そして、そのアースリザードの後ろに引かれている乗り物が竜車。ちなみに、これには運転者というのが必要ないらしい。理由は、アースリザードの頭に取りつけてある魔道具のおかげで目的地を入力すれば勝手に進んでくれるというからだ。便利だね。
そして初回運賃は片道3000フラン。
「富士の樹海みたいだねー。自殺名所ですよここ絶対」
「それは勘弁願いたいね」
鬱蒼と茂る森の中を竜車が進み、私と桜子は荷台の縁から顔を出して外の景色を眺めていた。そしてジャッジメントはパズルに勤しんでます。
「というか………空気がピリピリしてるね」
「んー、そうなの響?」
桜子の声にコクリと頷き、私は続けた。
「うん。昔おじいちゃんの狩りで一緒に私の家が所有してる山について行ったことがあるんだけどね。そのときは、たまたま熊が山に迷い込んでたらしくって、山の生き物達がざわついてた空気とこの森の空気状況が一緒なんだよね。なんというか……殺気立ってる」
「はえ〜……つまりは用心しとけってことだね」
「そういうこと……になるのかなぁ?」
とりあえず『黒騎士の剣』を非装備状態から装備状態に移行させ、鞘に収まったソレを実体化させる。
「それにしても響〜。そのでっかい剣どこで手に入れたのー?」
「UNM倒して手に入れた」
「そ、マ?」
「マ」
「響ってこのゲームやり始めてどれくらい?」
「三日……ですかね。ちなみにこいつとは遭遇したのは初ログインのとき」
微妙な沈黙が支配する。
「ええ………どんな幸運よそれ」
「うるさーい!あんなのと遭遇する時点で不運だー!!」
煤けた全身鎧のダークナイトを思い出し、私は思わずそう叫んでしまう。
そして、私の叫び声を聞き付けたのかどうかわからないけど、近くの茂みからガサガサと音がなり巨大な影がとび出てきた。
「よっと」
「なはぁ」
そして私たちが同時に竜車から飛び降りる。
ジャッジメントは既に武器化してますよ。
「シャァァアァ!!」
甲高い鳴き声と、二股の舌。
テラテラと黒光りする鱗と、蛇腹に鋭い二本の牙と爬虫類特有の鋭い目。
私なんて簡単にひとのみ出来そうな大きな口に、すごい太くて長い大きな胴体。
【ジャイアントスネーク】
まさかのクエストの目的の一体が早速お出ましですよ。
「ブモォォォオォ!」
地面に着地し、私達は先へと進んで行った竜車へ視線を送るとジャイアントスネークの太い胴体に巻き付かている所だった。
これって弁償しなきゃいけないかなー?
そんなことを思っていると、アースリザードからボキメキと嫌な音が聞こえてきた。
「ブォオ………」
そして最後にそんな鳴き声とグシャリと鈍い音が聞こえ、アースリザードが荷台ごと潰されてしまった。
「あらら……」
「あちゃー……移動手段が」
「とりあえずアイツ殺っちゃう桜子?」
「殺っちゃおうかー」
短く目標を定めて私は黒騎士の剣の柄に手を添え、桜子も刀と柄を掴む。
そして私は《歩術》のアーツ『瞬歩』を使用。
桜子は恐らく《刀》のアーツ『一足切り』を発動させ、私達は一瞬で距離を詰る。
そして私はさらに体勢を屈め、左肩でタックルするように位置をずらして、背中に担いでいた黒騎士の剣を肩で担ぎ、いつでも抜剣出来るようにして《両手剣》アーツ『スラッシュ』の発動条件を満たす。
「フッ!」
鞘から黒くくすんだ刃が解き放たれ、それはシンプルな袈裟斬りだけれどジャイアントスネークの筋肉を引きちぎることが出来た。けれど、その太い胴体からわかる通り幾重にも連なった筋肉の束のせいで少しだけ切った感触が硬かった。
「まぁ、意味ないんだけどね」
黒騎士の剣はUNMW。1番下のランクといえどそんじょそこらのモンスターの筋肉なんて歯牙にもかけない。
少し柄を握る力を強めると、すぐに抵抗がなくなり刀身が半ばまで埋まり、一気にジャッジメントスネークの尾が半ばまで断ち切られた。
「ヤッ!」
そして後ろから来た桜子の『一足切り』により、もう半分を切り落とした。
ブンブンと宙を回り、重々しい音を立てて地面へと落ちると同時に光となって砕け散った。
「シャガァァァアァ!!?」
突然の出来事にジャイアントスネークは理解できないが、自身がダメージをおったことが分かるために動かなくなったアースリザードを放り出すと、その血走った目で私たちを睨みつける。
「かかってきなよ変温動物。蒲焼きにしたげる」
「その前にコイツってお肉落ちるのかな?」
「………どうなんだろ?あと鰻食べたことないからどんな味なのかわからないね私」
「そうなのー?食感はふわふわしててねータレが甘くてねー美味しいんだよ?」
「へえー、濃い味の食べ物基本食べれないからちょっと羨ましいかも」
『貴方たちはことある事に茶番を挟まないといけないとかしら?』
「「はい、すみません」」
「シャラァァァァアッ!!」
そんな私たちのコントを見て、ジャイアントスネークはたいへんご立腹のご様子で噛み付いてきたけど、飛び跳ねることでその攻撃をかわすついでにその頭を踏みつけ、浅く剣で切りつけた。
「シャァァッ!!」
そしてヘイトが私へと向けられ、集中的に狙い始めてきた。
けど、相手は怒りで冷静さを欠いてるので交わすのは容易い。
「へいへーい私を無視しちゃうなんて余裕じゃなーい?」
桜子のそんな声が聞こえた瞬間、ジャイアントスネークの片目が爆ぜた。
「ガルァァァァアァッッ!!??」
「おお?」
視線を桜子へ向けると、いつの間に持ち替えたのか装備している武装が刀から、日本の弓術でつかわれるような和弓に変わっており、そこから炎の矢が立て続けにジャイアントスネークに向けて発射されていた。
『マスター。注意散漫よ』
「ごめーん」
そしてすぐにそれをジャッジメントに窘められ、私は視線をジャイアントスネークへ固定して攻撃を再開した。
私が黒騎士の剣で大きく削り、桜子が頭部へ集中的に矢を発射させることで注意を引き、その隙にさらに私がダメージを与えていく。
やってて気がついたけど、やはりモンスターたちの思考AIもまるで本物の生き物のようだ。
そして、HPを削っていき
「これで──」
「終わりッ!!」
黒くくすんだ刃がジャイアントスネークの頭の中心を突き刺し、地面へと縫い合わせたのがトドメとなる。
ジャイアントスネークのHPが全て削り取られ、その巨体が軽く痙攣したあとに全身が光になって砕け散った。
その数秒後にリザルト画面が表示され、桜子と山分けされた経験値とフラン。ドロップした素材が入ってきた。けど、ラストアタックは私が貰ったので桜子より少しだけお金と経験値が多かった。
「ふぅ〜、流石は推奨レベルが19。手強かったね!」
「その分経験値が美味しいけどね」
リザルト画面からいらない素材を売却して閉じて桜子の声に答える。
「そういえば桜子。刀からいつの間に弓に武器持ち替えたの?」
「うん?」
私が尋ねると、桜子は少しだけ質問の意図がわからなかったようで軽く首をかしげた後に意味がわかったのか、手をぽんと合わせた。
「これ私のDAだよ。名前は『カグツチ』でカテゴリーは『Weapon』!今のところ刀から弓に形態が変化出来るようになってるんだよね〜」
桜子がそう言うと、弓が淡く発光して段々と長さが縮んでいき、先程見た刀がそこにはあった
「じゃああの炎の矢はどうやって出したの?」
「それはねー、カグツチのアクティブスキルなんだよね〜。〔攻撃時、炎属性の攻撃を付与〕ってね。弓の形態だと矢の代わりに炎を発射するんだよ」
お陰で矢いらずでお財布に優しいんだ〜、桜子が笑ってカグツチの峰部分で肩を叩いた。
「それにしても……どうしよっかコレ?」
「あ〜……うん」
私たちの視線の先に転がっている竜車だった残骸を見て、なんとも言えない空気になる。
やっぱりこれ弁償かな〜?困ったなぁ……モンスター狩りくって追加収入得るべきかなー?
というかここからどれくらいの距離なんだろ要塞都市は。
「とりあえず……」
「歩くか〜」
『私は嫌よ』
黒騎士の剣を担ぎあげ、ジャッジメントは胸元の宝石に戻り、トボトボと桜子と歩き始めた。
「遠いね……」
「ねぇ〜」
小一時間歩いているけど目に映るのはもりもり森!さすがに緑が目に優しい色と言っても限度があるよね?
「くそう……あのクソ蛇まじ許さん」
「もう倒しちゃっけどね」
「そうだったよこんちくしょう」
桜子がゲンナリと言った様子で呟き、私はインベントリから水筒を取り出して、冷やされたセリアさんのお店のハーブティーを飲む。
「しりとりするー?」
「いいよ」
桜子が先行ね。
「"りんご"」
「"ごぞうろっぷ"」
「"プロトタイプ"」
「"プルトップ"」
「"プロペラポンプ"」
「"プッシュアップ"」
「"プラカップ"」
「"プラコップ"」
「"プップ"」
「"プレマップ"」
「「……………」」
これ終わらないやつだ。
そうそうに私達はしりとりを終了させ、ひたすら一定の速度で歩き続ける。
そうして、数える空の雲の数がそろそろ1万を行きそうだった頃に背後から"クェー"という鶏のような鳴き声が聞こえてきた。
「うん?」
「ほぇ?」
間の抜けた声が知らないうちに私の口から外へ流れ、桜子と同じ速度で首を後ろへと動かす。そして見えたのは
「コケッーーー!!!」
「鶏?」
特徴的な鶏冠に顎からぶら下がる赤いブラブラ。黄色い嘴。コッコッコッ、という特徴的な鳴き声からわかる通りの鶏だ。しかも全高が3メートル近くある。
「いや、多分『コカトリス』だよ。鶏の体に尻尾が蛇のやつ。危険度は中くらいかな?」
「はえー。そのコカトリスがこっちに向かって走ってきてない?」
「ほんとだー」
ん?これちょっとやばくない?
ドドドドドと猛スピードでそろそろ目と鼻の先くらいの距離にまで来てたコカトリスは、突如その両足をピンとまっすぐ伸ばすと、一気に速度を殺して私たちにぶつかる少し手前で止まった。
「えーと……」
「どうも?」
「コケー!」
「わひゃあ!?」
「響ィ!?」
いきなり何しやがるこのニワトリやろう!
やめろ!そのクチバシで咥えるな!啄むな!やーめーろー!
「おやおや……どうしたんだい鶏子?」
そうしていると鶏の背中部分からそのような声が聞こえてきて、唐突に鶏の動きが停止した。
「わっぷ!?」
そして宙ぶらりんの状態から解放され、地面に墜落する私。この鶏野郎……フライドチキンにしてやる
黒騎士の剣でぶった切ってやろうとして柄に手を添えた直後、私の目の前に誰かが着地した。
「大丈夫かい?僕の鶏子が迷惑をかけたね」
「本当にね!もし兄さんだったら問答無用で殴られてるからね!?」
ガバッと起き上がり、出された手を取って立ち上がると目に映るのは、綺麗な緑色の髪と深い紫水晶の瞳。
創られたかのような整った顔だった。
「どうかしたかい?」
その人は軽く眉をひそめ、聞いてきて私は少しだけ声が上ずってしまった。
軽く見とれてた………
「い、いえ。なにも」
「そうか、それは良かった。ところで聞きたいのだけれど……君たちはなぜこのような所で歩いていたんだい?」
「あー、それはですね──」
桜子が私の代わりに説明をしてくれた。
「なるほど、それは災難だったね。よし、これも何かの縁だ。ちょうど僕も君たちと同じ場所に用があったからね。鶏子に乗るといいよ」
「ありがとうございます!」
「どうも」
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の前は『エル』。レベルは99でいろんなところ旅して回るプレイヤーさ」
緑の人──エルさん──が自己紹介をして、今度は私たちの番になった。
「私の名前はサクラです!レベル17でクエストのためにラーガにむかってます。ちなみにこのことは友達です!」
「私はヒビキっていいます。レベルは14でサクラと同じ目的です。それと──」
宝石にいるジャッジメントに呼びかける。
「初めまして。私はジャッジメント。マスターのDAよ」
宝石からでてきたジャッジメントはちょこんとワンピースのスカートの端っこを摘むと、非常に様になった様子で小さくお辞儀をした。
「これは驚いた……【Unique】。しかも【アルカナ】とはね」
すると、エルさんが神妙か顔つきになって何かを呟いたけれど聞き取ることが出来なかった。
「いやー、それにしてもレベル99なんていうトッププレイヤーがいるなんて心強いですね!」
「んー、旅をしてたら勝手に上がっていった感じなのだけれどね。けれど頼ってくれるのは悪い気がしないね。ウン」
桜子が嬉しそうに言うと、エルさんはその口を柔く緩ませる。
「さぁ、鶏子の背中に乗っておくれ。彼女の足の速さならすぐに着くだろうからね」
「クエッー!」
「ワブ!?」
エルさんがそういった言った直後に鶏野郎(雌)にマントの襟を咥えられた。
プラーンとぶら下がり、なんだかシュールな光景だろうけどやられた側からしたらたまったもんじゃない!
「あらあら、まぁまぁ……」
「ンッフフ……SSやっとこ」
やめろ。笑うな。撮るな!はーなーせー!!
「さぁ、皆乗ったね?それじゃあ行くよ!」
いや、私乗ってるというよりぶら下が──
「コケェーー!!」
「ギャァァァァァァ───!!」
このあと、しばらくの間響に鶏にトラウマが出来たのだが、それはまた別のお話。
誤字脱字のご報告。
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