5話
夏なのに寒くないっすか?いや、ホントマジで。
〜9月3日 10時35分〜
波乱万丈ハードモードなインデスの初日が終わり、兄さんの歓迎会も終えてログアウトした私はボーっと家のパジャマ姿でソファーに寝そべりリビングの天井を見上げていた。
「どうかなさいましたかお嬢様?」
そうしていると、私のお世話係の『斜陽 沙知』が声をかけてきた。
この人は私が小さい頃から隣におり、私にとってお姉さんのような人だ。
私が上京する時、お目付け役も兼ねて着いてきてもらっているのだ。
「あ、サチさん。ちょっとゲームでの出来事がすごかったんだ」
ソファーに寝そべったまま答えると、サチさんは首をかしげて聞いてきた。
「ゲーム……どんなゲームなのですか?」
「Infinite・Destiny・Answer・Onlineって名前なんだよね。フルダイブするオンラインゲーム。知ってる?」
「名前くらいなら存じております」
「このまえ商店街のくじ引きで試しにやったらフルダイブマシーンとソフトが当たってねー。どこから聞いたのか兄さんが誘ったんだよね」
「幹也様がですか?」
「うん」
そこからはサチさんが用意してくれたお茶を飲みながらゲームで起きた出来事を話す事に、彼女はいろんな反応をしてくれて珍しく私は饒舌に喋れることが出来た。
「あ、もうこんな時間……」
思ったよりも話してしまい、時刻は12時を入りそうだった。
「では今日はこれくらいに致しましょう。あまり夜更かしをしすぎると身体に障りますよ?」
「はーい」
〜9月4日〜
「あら、おはようマスター。早いのね。フフ、会えて嬉しいわ」
昨日兄さんに手伝ってもらい、セーブポイントに登録した噴水前でログインした直後に、ジャッジメント開口一番そんなことをいってきた。
「あー、うんありがとう。ところでジャッジメントひとつ聞いていい?」
「?何かしらマスター」
「ジャッジメントって私が向こうにいる時どんなふうに過ごしているの?」
「あぁ、そんなことね」
私の疑問にジャッジメントは簡単に答えてくれた。
「マスターたちがログアウトしている間は、そのDAは眠っていて意識がないのよ。例えるなら眠くて目を閉じて気がついた時には時間が経っていたって感じかしらね」
「なるほど……」
「フフ、じゃあ今日は何をするのかしら?」
「そうだね……昨日のダークナイトの戦いで数ヶ月分の戦闘をした気分だから……うぅん」
首をひねりウンウン唸りながら何をしようか考えていると、ジャッジメントはパンと手を叩いて楽しそうに微笑みながら口を開いた。
「ならこの王都を探索をしましょう。フフ、昨日貴方が気絶している間に色々と面白そうな場所を見つけたのよ?」
「それはどんな?」
「フフ、いってからのお楽しみにしましょう?それにお金は昨日の黒騎士さんを倒して沢山持っているでしょう?」
彼女言う通り、昨日倒した黒騎士から得たお金と遭遇するまで倒したモブからドロップしたいらない素材を換金して、今私の所持金は数十万と数万数千フラン(ゲーム内通貨)を超えているのだ。
「そうだね。じゃあ色々見て回ろうか。ついでに防具も買っておこう」
「フフ、じゃあ決まりね。それと私、服が欲しいわ。この格好だと少し……肌寒いわ」
「はいはい。わかりましたお姫様」
とりあえず武器は曲刀を装備しておく。ダークナイトソードはそのままインベントリの奥底に安置する。装備しないのかって?なんか呪われそうで嫌だよ。そのうち気が向いたらやるけど。
「さぁ行きましょマスター」
私の手を取りジャッジメント蠱惑的に微笑む。
その微笑みに軽く心臓の鼓動が跳ね上がるけど比較的平静を保ちつつ、私たちは王都を見て回った。
「あら何かしらあの道化師は……フフ。愉快ね」
大道芸をしている大地人をみて、ジャッジメントが面白そうにクスクス笑う。
「何この売り物……なんというか………食べ物?」
マーブル模様の売り物を私が軽く引きながら店主の大地人に聞いてみた。
「そりゃあ『アッポーナ』っていう果物だよ。見た目はあれだが、食べてみるもすごい美味しいからおすすめさ」
「へぇ。じゃあひとつちょうだい」
「毎度!ひとつ20フランだよ」
「ありがとー」
早速受け取った果物をかじる。
すると、口の中に瑞々しい食感と甘い果汁が溢れる。咀嚼するごとにシャクシャクと梨のような食感と、林檎のような味で中々に美味しかった。
「まぁ……マスター。人が飛んでいるわ!」
「どちらかというときりもみ回転……?うわ爆発した。大丈夫かな?」
林檎擬きを片手に食べていると、ジャッジメントがピエロからもらった風船を手に持ちながら指をさした方向を見ると、1人のプレイヤーがものすんごい軌道を描いて地面に墜落するのが見えた。
「マスター。このアクセサリー気に入ったわ」
「どれどれ……《黒百合のペンダント》値段は………たっか!?」
ジャッジメントが指をさしたペンダントの値段を見てみると、まさかの5万フランである。
けど、今は結構お金があるのでダークナイトの戦闘でジャッジメントには助かったのでプレゼントとして買っておく。
「ジャッジメント。これ見て」
「まぁ……面白い仮面ね。お兄様にプレゼントしてあげたら?」
見れば見るほど興味がひかれ、王都の様々なところを見て回った。
そして私は失った武器と防具を手に入れるため、兄さんに教えてもらった鍛冶屋に立ち寄った。
一通り王都を見て周り、私たちは休憩も兼ねて飲食店が密集しているエリアに立ち寄り、雰囲気が落ち着いた私好みのカフェを見つけて、そこでいくつかメニューから頼み休んでいた。
「あ、ヒビキおねーちゃん!ジャッジメントおねーちゃん。こんにちわー!」
「この間は妹がお世話になりましたヒビキさん。ジャッジメントさん」
そうしていると、紙袋を持ったセリアさんとその隣で風船の紐を持っているリリシアがいた。
「や、リリシア。セリアさんも。買い物ですか?」
「ええ。薬の調合に必要な素材の仕入れの帰りです。ヒビキさんたちは?」
「装備の調達と王都の観光ですね。まだこの世界に来て1週間もたっていないので自分の拠点になるところを色々と知っておきたいので」
セリアさんと他愛のない会話をくり広げ、その近くでジャッジメントとリリシアも話していた。
「おねーちゃんピエロさん見た?」
「ええ見たわよ。フフ、面白い道化師さんだっわね。その風船はそのピエロさんから?」
「うん!」
「そういえばヒビキさん。ことあと予定はありますか?」
リリシアとジャッジメントの話している光景を横目に、セリアさんがそのようなことを聞いてきた。特に私に予定は無いので、そのことを伝えると嬉しそうに手を合わせて口を開いた。
「なら私のお店に来てくれませんか?このまえのリリシアのことでまだお礼をしていなかったのでそのお礼をしたいんです」
「あー、いえ。その事は別にいいですよ。アレは兄さんがやったことなので私自身は特に何も……」
「いいえ。例えどんな理由があったとしてもヒビキさんがリリシアを私のところに送り届けてくれたからこそお礼をしたいんです。寧ろさせてください」
参ったなぁ……余り押しには強くないんだよ。
それに芯の通ったまっすぐとした目にはさらに弱い。私はすぐに折れセリアさんの家にあがることとなった。
道中、リリシアはお友達の家に遊びに行くと言ってどこかへ行ってしまった。
〜移動中〜
セリアさんのお店兼自宅の《フラウ薬品店》の入口から上がらせてもらうと店内に入り、まず鼻をくすぐったのが薬品の混ざった匂い。だけれど、病院のようなツンとした匂いではなくてどちらかというと青臭い草の匂いだった。
それに、目につくのは木の棚にバランスよく配置された様々な液体の入った小瓶やちょっとした小物でなかなかに興味がひかれる。実際にジャッジメントが面白そうに店内のあちこちにある品物を見てた割っていた。
「アハハ……、すみませんお店の都合上、薬草やほかの素材を調合するので自然とこうなるんです」
「いえ、特に気してませんよ。それに初めて見るばかりのもので、色々と面白いです」
「フフ、それなら良かったです」
「ねえセリア。この小瓶に入っている薬はどんな効果があるのかしら?」
すると、ジャッジメントが薄ピンク色の取手がハートマークの小瓶を片手にセリアさんに聞くと、なにやらジャッジメントに小声でセリアさんは答えた。
「(それは飲んでから最初に見た相手に一定時間惚れさせるポーションですよ)」
「あら……あらあらあらまぁまぁ。フフフ、これ一ついくらかしら?」
「いえ、リリを助けてもらったのでお代は結構です。ですが、試作品なのでご使用した時の感想をお願いできますか?」
「ええ。もちろん。できる限り早く答えるわ」
なにやら2人がコソコソと会話を終え、ジャッジメントが懐にその小瓶を仕舞いニコニコと終始笑顔だったのが気になった。
なんだろ。妙に悪寒が……風邪かな?
お店の奥に案内され、居間のようなところにセリアさんから座るよう促され、言われたとおり座ると私たちのまえに不思議な香りのお茶が注がれたカップとお茶菓子が置かれた。
「これなんてお茶なんですか?」
「緑燐草のハーブティーですよ」
「不思議な匂いね」
少しだけ香りを堪能し、ゆっくりと口に含む。ほんのりと甘酸っぱさがあり、とろみのある不思議な舌触りと体の中にじんわりと染み渡る感覚で思わず頬が緩んでしまう。
「さて……とヒビキさん。お礼の件なんですが宜しいですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そうしていると神妙な顔のセリアさんから声をかけられ、ハッとして表情を引き締める。
「あらかじめ言っておきますが、お礼と言ってもお金じゃありません。すみませんヒビキさん」
「い、いえ。別にいいですよ」
「ですがこれなら渡せます」
「これは……?」
セリアさんが所々に彫刻が施され、つや消しの塗装が施された高級感のある不思議な材質の小箱を机の上に置き、私が首を傾げて聞くとセリアさんは笑いながら答えてくれた。
「簡単に言うと私の家に代々伝わる家宝みたいなものですね。と言ってもご先祖さまがどういう意味を持ってコレを持っていたのかはよく分からないんですが……」
そう言って小箱の蓋を開く。中に入っていたのは宝石の嵌められた指輪だった。
【不死鳥の涙石の指輪】
ランク:7
不死鳥の涙が結晶化した琥珀色の宝石が嵌められた指輪。
それを指に嵌めた者の傷を常に癒し、様々な災厄からを身を守ってくれるだろう。
その価値は計り知れないが、その力に過信をしすぎてはならない。過ぎた信用は身を滅ぼすだろう。
装備時発動スキル
《不死鳥の加護》
秒間HPを5%回復させ、各種状態異常を無効化。
火耐性に強補正。
「そんな……貰えませんよこんな高価なもの」
「別に構いませんよ。たった一人の家族を失いかけたんですからたかが指輪のひとつ。これでお礼ができるのなら安いものです。それに、受け取ってもらわないと私の気がすみません」
「マスター。セリアがこう言ってるのだから素直に受け取っておきなさい。そうしないと彼女に失礼よ」
「……わかりました」
お茶菓子を小さく齧りながら言うジャッジメントの言葉が後押しとなり、私は受け取ることにした。
「ありがとうございますジャッジメントさん」
「別にいいわ。マスターの優順不断な態度にヤキモキしていただけよ」
「ウグッ。どうせ私は優順不断ですよーだ………」
「フフ、落ち込む貴方も好きよ」
「そんな率直に言うのは本当にヤメテ……。恥ずかしい」
そんな会話をしながら私はセリアさんとジャッジメントとのお茶会をして一日を消化した。
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