豆まき(夕夏視点)
冬の寒いある日、それは唐突にやってきた。
「豆まき、ですか?」
「はい、今日は節分ですので」
『豆まき』や『節分』という言葉に、私は思わず眉を潜める。
「ユーカ様?」
メアリーが不思議そうに私を見てくるものの、その場ではごまかし、とりあえずジークが居る執務室へと向かった。
「ジーク。夕夏です」
「入ってくれ」
ウキウキした声で告げるジークに、私は首をかしげながらも入ってみる。すると……。
「ユーカ、今回は色々な豆を用意してみたんだ」
そこには、小さな器に盛られた大豆、ひよこ豆、落花生、そして、なぜかインゲン豆や空豆もあった。
「えっと……」
「これで豆まきをしようと思う」
日本では、絶対にまかないであろう種類の豆があることに驚きつつも、私は、『豆まき』という言葉にやはり、表情を強張らせてしまう。
「ユーカ?」
「ジーク、入っても良い?」
何か問いかけようとしたジークを遮って、今度はハミルの声が届く。
「あぁ」
ジークが許可を出せば、ハミルは大きな白い袋を抱えて入室してきた。そして……。
「ここに置くよ。よっと」
執務室のテーブルの上に、他の器がないその場所に袋を下ろせば、何やらジャラジャラという音がする。
「僕は、大豆をたくさん持ってきたよ。これで好きなだけ豆まきができるよね」
「豆まき……」
実は、豆まきには良い思い出がない。思わず、表情を歪ませて呟く私に、さすがにジークもハミルも気づく。
「ユーカ? 先程から、どうかしたか?」
「んー、熱はないみたいだけど、体調が良くないとか?」
心配そうに尋ねるジークと、私の額に額をくっつけてくるハミルとに、私は迷った末に話すことにする。
「実は、豆まきに良い思い出がなくて……」
そうして話したのは、日本の学校でのこと。二学期制だったその学校は、もちろん節分の日にもやっていて、登校した私を待っていたのは……豆まきと称した、ゴミの投げつけといういじめだった。朝のホームルーム前に行われたそれの後、ホームルームのためにやってきた教師が告げたのは、明らかにゴミを投げつけられた私に対して『さっさとゴミを片付けろ』の一言だった。それが、毎年のように行われていたということを話すと……何やら、ジークとハミルの顔が怖いことになっていた。
「ジーク? ハミル?」
「そいつらがここに居れば、すぐにでも殺してくれるものを」
「ジーク、それじゃあ足りないよ。殺してくれって言うまで追い詰めないと」
二人は、そんな物騒な話をしていたものの、私が不安になっていることに気づくと、すぐにその表情を和らげる。
「ユーカ、今回の豆まきは、ユーカが豆をまくんだ」
「うん、そうだよ。僕達が交代で鬼をやるからね。楽しい豆まきにして、そんな記憶は消してしまおうっ」
「はい」
そうして、まずは鬼のお面(角は自前のもの)を被ったハミルに豆を投げて、ジークと一緒に追いかけることにする。
「鬼はー外。鬼はー外。鬼はー外。鬼はー外」
「いや、ジーク? 福の方を忘れてない?」
「……鬼はー外」
「いやがらせ!?」
「え、えっと、鬼はー外っ。福はー内!」
「あぁ、ユーカが可愛くて和むよ……」
と、いうことがあったり。
「日頃の恨みっ。鬼はー外っ、鬼はー外っ。鬼はー外っ」
「いっ! おいっ、本気で投げるやつがあるかっ!」
「ハミルさんっ。家のものが壊れちゃいますっ。メアリー達に怒られますよっ」
そう言えば、ハミルはそのまま固まり、かなり控えめに豆をまくようになったりだとか。
なんだかんだで、楽しい豆まきとなる。
「ふぅっ、全部まけたね」
「はい……でも、部屋がすごいことに……」
「大丈夫だ。《風よ》」
大小様々な豆が落ちる床を見て、楽しさから覚めた私が困っていると、ジークが魔法を発動させて豆を全て集めてしまう。
「これは、後で選別して、料理に使えるものは全て使う」
「今日は豆料理だよ」
「豆料理……っ」
どうやら、この豆達は素晴らしいものに生まれ変わるのだと知って、私は思わず目を輝かせる。
「来年もやろう」
「そうだね。次は、リド達も呼ぼうか」
「はいっ!」
どうやら、私の豆まきの記憶は、新しく、楽しいものへと書き換えられたようだった。




