『閑話 リドルの悲劇』より 旅路(リドル視点)
こちらは、『私、異世界で監禁されました!?』の番外編を載せている作品です。
基本的に、本編に沿ったものを更新していきますので、本編を読まなければ人間関係が分からないかとも思いますので、先にそちらをお読みください。
それでは、どうぞ!
ハミルの暴走に付き合わされたワタシは、癒しを求めていた。癒しとはすなわち、愛しい片翼、レティのことだ。
馬車に揺られながら、テイカー家の別邸へと辿り着くと、これから会えるレティのことを思い、頬を緩める。
なぜか痛ましげな表情をしている執事に気づくことなく、ワタシは玄関を潜り抜け、広間から階段を昇り、レティの部屋へと急いで……そちらに、レティの気配がないことに気づく。
「あら? 珍しいわね。どこに居るのかしら?」
愛しいレティは、毎日玄関で出迎えてくれるか、部屋で待機していてくれるかが多い。けれど、今日に限って、レティは部屋に居なかった。
すると、ワタシの背後に控えていた老齢の執事が恐る恐る声をかけてくる。
「旦那様。奥様より、お手紙を預かっております」
「手紙?」
毎日一緒に居るのに、珍しいこともあったものだと振り返ったワタシは、執事のその表情に初めて気づき、何となく嫌な予感がしつつも可愛らしいピンクの便箋を受け取る。そして……その数十秒後、屋敷ではワタシの悲鳴が響くのだった。
急いで片翼休暇の申請を商会とジークのところに提出したワタシは、数日分の荷物を詰め込むと、すぐさま馬車を出す。向かう先は、精霊の国、リュシー霊国だ。
「いったい、ワタシは何を誤解されたの?」
握り締めた手紙を呆然と眺めながら、ワタシはもう一度、その文面を目で追う。
『リドルへ。
どうやら貴方は、わたくし以外を心に住まわせた様子。
そんな貴方の側には居られませんので、実家に帰らせていただきます。
レティシアより』
このワタシが、レティ以外を愛することなんてあり得ない。何がどうなって、こんな誤解を生んだのか、全く心当たりがなかった。
「いえ、待って? まさか、ユーカちゃんに構ってることをレティが知ったとか?」
一瞬過ったのは、黒目黒髪の不遇な少女の顔。ただ、ユーカちゃんの存在は極秘事項扱いなので、レティが本当にユーカちゃんの存在を知っているとは思えない。
「でも、疑いくらいはかけられても、おかしくないのかも?」
ワタシは、商会での仕事を早めに切り上げて、ジーク達に協力してきた。帰宅する時間はいつもと変わりなかったものの、商会の者達に口止めをしたわけでもない。どこからかワタシの不審な行動が漏れていたのかもしれない。
「そうだとしたら、ワタシの失態だわ」
愛しいレティに誤解されたことが、何よりもつらい。
つらくてつらくて、馬車ではなく、さっさとスレイプニル(八本足の馬型幻獣)に乗って向かいたいと思うものの、それでは確かに早く着くことはできるけれど、帰りが大変だ。荷物がある上、レティも乗せなくてはならないとなると、さすがのスレイプニルも動きづらいはず。愛しいレティにそんな不自由はさせられなかった。
ただ……今は、さっさとスレイプニルで進んだ方が良かったかもしれないと思っている。
「おうおうっ、有り金、全部置いてきなっ」
「後は女もなぁ。ゲヘヘ」
馬車で急ぎながらリュシー霊国に向かっていたワタシに待ち受けていたのは、人間の盗賊どもだった。確かに、ヴァイラン魔国とリュシー霊国の間では盗賊が出没するという情報はあった。あったけれど……。
(何も、こんなに急いでる時に出なくても良いじゃないっ)
ただ、この盗賊達が魔族と精霊が住まう国々の間に居るというのはおかしい。魔族であれば、人間盗賊ごとき、殲滅は容易いし、精霊であれば姿をくらませてしまうことで追われないようにすることが可能だ。
(背後に何かが居る? でも、関係ないわね。ワタシの邪魔をする者は、誰であろうと許さないわ)
普段なら、盗賊であろうとも多少の手心は加える。そうして、捕縛して衛兵につき出すくらいの余裕はある。けれど、今は、愛しのレティに誤解されて拒絶された今は、そんな余裕、欠片もない。
「うふふ、良い度胸ね」
とりあえず止まって、盗賊に対処しようとしていた御者に、ワタシは目で制して、馬車から降りる。
「うげっ、なんだよ、男じゃねぇかっ」
「気持ち悪っ、なんでそんな格好してんだよっ」
真っ赤なドレスを翻して盗賊の前に出たワタシは、随分な言われようだったものの、それを気にすることなく艶然と微笑む。
「うふふ、今のワタシは、手加減できないの。だから、先に謝っておくわね? ごめんなさい」
そう言えば、十人ほどの盗賊達には青筋が浮かぶ。
「このっ、やっちまえっ!」
「「「おぉっ!」」」
リーダーらしき強面の男が合図すると、盗賊どもはそれぞれ武器を片手に襲いかかってくる。それに対して、ワタシは腰に提げていた護身用の鞭を取り出した。
「さぁ、泣きわめきなさい」
毒をたっぷり塗り込んだいばらの鞭。それをヒュンッと振るえば、四人ほどの盗賊が一気にそこらの木や岩に叩きつけられ、意識を失う。しかも、その中には、盗賊のリーダーらしき男も居て、盗賊達の士気は一気に下がる。
「なっ」
「ひぃっ」
今さら怖じ気づいた盗賊どもは、逃げ腰になる者と果敢に挑んでくるものとに分かれたけれど、挑んできた者達は、最初に昏倒させた奴らと同じように鞭で吹き飛ばし、逃げようとした者は、鞭で絡めとってから地面に叩きつけて気絶させた。戦闘開始から、数十秒という短い時間で、十人の盗賊達は、全員意識を失うのだった。
「ハンス、こいつらは縛って放置よ」
「はっ、承知致しました」
ブルブルと震える御者、ハンスに声をかけたワタシは、鞭を収めて馬車に戻る。
この辺りは魔物も出る。この盗賊達にどんな背後関係があるのかは知らないけれど、毒で三日は麻痺した上、魔物どもがうろつく場所に放置されれば、無事ではすむまい。
そうして、馬車に乗り込んだワタシは、ハンスが急いで『こいつら盗賊。片翼休暇中に襲われたため、放置する』という看板を立てているのを眺める。本来ならば衛兵に突き出さなければならないところを、片翼休暇という言葉によってその手間を省いているのだ。
これで、運が良ければ、この盗賊どもは誰かに衛兵に突き出してもらえるだろう。運が悪ければ魔物の餌だ。
「ありがとう。ハンス」
「いえ、当然のことです」
本当は、看板を立てる時間すらも惜しいと思っていたものの、ハンスのやったことは、結局はワタシのためだ。ワタシが、盗賊を見殺しにしたという状況にしないために、あんな看板を立てて、救う意思はあるとアピールしたのだ。
有能な部下を持てたことを嬉しく思いながら、ワタシはレティへの想いを溢れさせる。
「ごめんなさい。これからも急いでもらうことになるわ」
「もちろんです。急ぎましょう」
そうして、盗賊達を残して、馬車はまた出発した。
この続きは……何日かしたら、また更新しますね。
それでは、また!