火山の伝説
メキシコの伝説
火山の伝説
これは愛と苦悩の狭間で死んだ美しいショチケツァルの物語です。
今日、彼女はイシュタシアトルという名前で知られている雪山となって横たわっています。
そして、彼女の忠実な恋人もポポカテペトルという山になって、彼女の安らかな眠りを見守っているのです。
実際に、これらの愛し合っている二つの魂がどのようにして煙を出している山となったかに関してはいろいろな伝えがありますが、以下の二つの重要なお話をした方が良かろうかと思います。
Ⅰ
アステカ帝国の戦士の軍はチャルコ、ショチミルコ、テスココ、エカテペック、そしてツンパンゴという五つの湖の傍にあるアナワク谷から疲れ果て、悲しみを抱いて帰路に着いておりました。
鷲と虎の戦士たちはばらばらとなった羽根飾り、黒曜石の歯が抜けた棍棒、みすぼらしくぼろぼろとなった盾を携え、ぼろぼろとなった血だらけの服を身に纏っておりました。
作戦、戦術を考える年老いた賢い軍師であるヨピカたちはこのようにきまり悪い敗戦を目にして弁明をするためにこれらの戦士たちを待っておりました。
でも、カルメアック(基本的には貴族の若者があらゆる種類の導入教育を受ける学校)において学んだことは全て無駄であることは明らかでした。
その軍隊は、悲しむべき敗戦にもかかわらず、相変わらず意気軒昂で帝国の血筋に誇りを持つ一人の戦士に率いられていました。
全ての民衆は敗戦を悲しみ、泣いておりました。
女たちは敗戦を痛み、顔を隠しておりました。
ただ一人の女だけが平静さを保ち、その強い指導者を驚嘆した思いで見つめておりました。
彼女は美しい花という意味を持つショチケツァルという名で、その指導者である戦士の視線に気付いて、気が遠くなるような思いでありました。
というのも、彼は彼女の誠実な恋人であったからです。
不幸にも、ショチケツァルは一人のトラルシカルテカと結婚してしまっておりました。
その男は、彼女の優しく誠実なアステカの戦士である恋人はサポテカ族の手により戦いで殺されてしまったと彼女に断言する口調で嘘をつき、彼女と結婚したのです。
ショチケツァルは夫にこの欺瞞は決して許さない、私の心は永遠にあの誠実なアステカ戦士に対する愛の炎を燃やし続けると言いました。
激情に駆られ、彼女はそこから出来るだけ離れようと、テスココ湖目掛けて走って行きました。
彼女の夫、トラシカルテカの男は彼女の後を追いかけました。
この光景を見て、そのアステカ戦士も激怒して棍棒を掴んで、彼女の夫の後を追いかけました。
顔を突き合わせても、その二人の男は言葉を一切発しませんでした。
いかなる言い訳も言葉も要りませんでした。
そのトラシカルテカの男はティルマの下に持っていた投槍を引き出しました。
一方、そのアステカ戦士は棍棒を掴みました。
そして、生々しい戦いが始まりました。
そのトラシカルテカの男は何としても我が身を守らなければなりませんでしたが、一方、アステカ戦士も信じられないような力を発揮しました。
何日もの間、じりじりとした思いで、遭遇した幾つもの戦いの中でも、何としてでも帰って、ショチケツァルをこの手で抱きしめたいと思っていた彼なのです。
夕方近くになって、漸く、アステカ戦士は敵に致命的な死の一撃を与えました。
トラシカルテカの男は復讐を誓いながら、助けを求めるかのように彼の故郷に向かって逃げて行きました。
勝利したアステカの戦士は愛するショチケツァルを探しながら帰りました。
そして、谷の中腹で死んでいる彼女を発見しました。
彼女は他の男の妻となった恥辱苦しみに耐えられなかったのです。
戦士は張り裂けそうな思いで彼女を見つめました。
彼女の傍に跪き、苦い涙を流し、泣きました。
ショショコチンの花を折り、ショチケツァルの身体に静かに手向けました。
そして、ヨロソチトゥル、つまり心の花、という香り高い花で飾りました。
コパルを焚き、自分の命であった女性に捧げました。
四百の声を持つという鳥、センツォントゥルもその愛し合った者たちを讃えて夜通し甘い声で鳴きました。
空さえも大きな黒雲に覆われ、死を告げる者、トゥラウエルポシュも出現しました。
伝説は、地が揺れ、恐ろしい稲妻が空に轟きわたったと語っています。
五つの湖に火の石が落ち、アナワクの谷の人々は恐怖に震えました。
夜が明けると、谷の前方には、二つの雪山が出現しておりました。
一つは紛れも無く、白い花のお墓にもたれかかった女の形をしておりましたし、他方は、横たわる女の雪の彫像の足元に跪くアステカ戦士の形を示しておりました。
その時から、その二つの火山は、今日もアナワクの谷を見守り、眠れる乙女という意味のイシュタシワトゥル、時々は無数の裂け目から噴煙を発するということで、煙を出す山と訳されるポポカテペトゥルという名前でそれぞれ呼ばれることとなったのです。
言い伝えに依れば、卑怯な嘘つきのトラシカルテカの男は故郷のごく近いところで道に迷い、死んだとのことです。
彼もまた、山になりました。
雪に覆われ、黄昏という意味のポヤウテカトルという名前で呼ばれました。
後年、シトゥラルテペトゥル、又は星の岩山という名で呼ばれました。
そこからかなた遠くの方に、もはや決して別れない二人の愛する者たちの夢の眠りを眺めています。
長年にわたって、スペイン人による征服のすぐ直前まで、不運な愛で死んだ娘たち、或いは、報われぬ恋の病で死んだ娘たちはイシュタシワトルの麓に葬られました。
Ⅱ
伝説によれば、ある一人の父に素晴らしく綺麗な娘がおりましたが、娘は不当に、かつ報われなく愛したとのことです。
その年老いた父は娘にそのような悪徳に満ちた恋は諦めるよう、願いましたが、娘は悪徳の道に行きました。
その年老いた父の努力も空しくなったので、或る日父はとうとう激怒し、呪術師の助けを借りて、悪魔祓いの呪いの言葉を発しました。
娘を跪かせると共に、娘の体を左から右へ回転させ、雪像になるよう願いました。
この娘はアナワク谷に永遠さを例示するかのように横たわりました。
同時に、父は近くで見守るために、隆起した火山となりました。
これが、イシュタシワトルとポポカテペトルという火山の伝説的な物語です。
はるか昔、谷の古い住民は、火山の洞窟の中にある神殿において信仰を捧げながら、それらの二つの火山を神々と見なしておりました。
テノチティトランの大神殿には木で作られた彫像として肌の白い女の像がありました。
若々しい外観と長い髪をして、背中にかけて溢れるような美しい羽根を持ち、白と黒の色で飾られた冠を被っておりました。
繊細なマントを着た完璧な彫像であり、神殿に仕える神官に奉仕されていたとも言われております。
毎年、一人の女奴隷が生贄にされました。
その奴隷は緑に塗られ、白いテュニカを着せられて生贄とされました。
これは、山の緑と頂の雪を表していました。
ポポカテペトルに対しては、二人の若い女奴隷が生贄とされました。
しかも、その女奴隷たちは姉妹でなければならなかったのです。
火山のまわりを踊らされました。
一人は飢餓を、他の一人は豊穣を意味していました。
その儀式の間、二人を見つめる住民たちは天にひょうたんの実で作った容器とお盆を高く掲げ、豊作とならんことを祈りました。
祭りが始まると、人々は火山の雪を持って来て、山のようにしてから、女の形を形作りました。
人々はその像を家に持ち帰り、神として崇めました。
もっとも高い雪の山はポポカテペトルを象徴しました。
いろいろな色に塗られたいろいろな穀物が豊作を司る神々に祈るため、火山の裂け目から四方にばら撒かれるという習慣がありました。
イシュタシワトルに関する膨大な記述は幾つかの絵文書に見ることが出来ます。
横たわっている女としてばかりではなく、とうもろこしを意味する穂を両手で持って、頭に白い帽子のようなものを被って座っているような描写もあります。
- 完 -