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月下香

作者: 独楽

月下香とは、夏から秋にかけて芳香のある白い花をつける植物です。洋名はチューベローズといいますが

明治時代の華やかな象徴の鹿鳴館の中で、小さいながらも芳香漂わす花をイメージしました。

日本絵画というジャンルの中で

花鳥風月、美人画といった華やかな絵画の他に

幽霊画といった一線をかくした絵画が存在する。

風流人とか好事家といった人々の間で蒐集されることが多く

そのコレクションの全容を垣間見る事も容易くない絵画である。

その題材が、幽霊という事もあり

様々な曰く付きという話も少なくない....


明治16年、外国との条約改正交渉のため

内外の上流階級の舞踏会を開き、欧化主義の象徴として鹿鳴館が設立された。

この内外を問わず、上流と呼ばれる立場の社交場として開かれた鹿鳴館は、

様々な情報の発信基地でもあった。

若き貿易商として、名を上げた渋木富吉という人物がいた。

その当時の貴族階級から見れば、彼は中流といったところか

名ばかりの華族の座から彼の財に群がるものは多かったが、

影で成り上がり者と蔑むものも少なくなかった。


ある夜、富吉は鹿鳴館で外国からの客人を接待していた。

外交官である御夫婦で、初めての日本ということもあり

紹介を求める人々も後をたたず、富吉にとってはとても忙しい夜だった。

そこへ1人の女性が近付いて来た。

「…渋木様、私にも紹介していただけないかしら?」

彼女の名前は、菊池頼子と言った。

新華族と呼ばれる国家に勲功のあった実業家の男爵家に

春に嫁いで来たと言う

「渋木様にお近づきになりたかったのだけど、なんの伝手もなくて...」

明け透けもなくそう言う彼女に、本来ならば思い憚るものだが

富吉は逆に彼女に興味を持った。

頼子は、美しい人だった。

まだ、洋服になじみの少ない日本人の中で

彼女は、ドレスを着こなしていた。

この夜は、髪を夜会巻きと呼ばれる髪型に結い上げ

真珠の髪飾りに白い羽がのぞいている。

バッスル・スタイルのドレスは、白綸子に季節の花々が散らばり

刺繍が装飾されたスタイルは、当時の流行を上手に取り入れていた。

口元を大きな飾り扇子で隠しながらも

時折のぞく口元のホクロが艶かしく、富吉の心はざわついた。

彼女は、当たり障りのない社交辞令ののち

「後で、御相談したい事が...」といって、彼に小さなメモを渡して

鹿鳴館の舞踏室へ姿を消した。


次の日、富吉はメモにあった場所へ足を運んだ。

メモには、小さな庵の場所が記されてあった。

東京の郊外、小さな小川が道端を流れ

柳が涼し気な風を運んでくる。

小さな庵は「千鳥庵」と言った。

頼子は、富吉の姿を見るとすぐさま玄関先まで出迎えて彼を中に通した。

鹿鳴館でのドレス姿と違い、今日は絽の着物を涼し気に着ている。

白い首筋から結い上げた日本髪の後れ毛が汗に濡れ

その無言の誘惑は、彼に心の中で彼女は人妻だと何度も唱えさせた。


奥の座敷には、富吉だけではなかった。

頼子の夫、菊池信一郎が上座に座っていた。

歳の頃は、60代だろうか

信一郎の姿は、富吉とは正反対のタイプだった。

がっしりとした体躯、髪は短く後ろに流しているが、真ん中は少々剥げてきている。顔は、目が大きく離れていて鼻は小さくつぶれて、口は顔も半分もあろうかというほどでかい。それはまるで牛蛙を想像させた。

頼子は、どう見繕っても20代半ばで親子程に歳も離れている。

どうみても不釣り合いな夫婦であった。


信一郎の前には、一枚の巻き物が置いてあった。

「本日は、ご足労願いかたじけない」

富吉が座ると、早々に信一郎が口を開いた。

彼の態度から、早く話は済ませたいといった風情が見て取れた。

富吉は、かぶって来た帽子を脇に置いて聞いた。

「面識のない私などに何のご相談を?」

「ふむ、私も馬鹿馬鹿しいと思ったのだが、この頼子が心配するのでな...たっての願いを聞いてくれぬか?なに礼は弾む」

信一郎は、言いながら目の前の巻き物を開いた。

富吉を若造と判断したのだろう、社交辞令もなく本題に入る様は

早くこんなことを終わりにしたいという心情を表していた。

それは一幅の掛け軸だった。

「渋木どのは、若いながらも風流人として知れている。若い芸術家の育成にも手をかけていると聞いた。君ならばこの掛け軸の出所に心当たりがないかと思ってな」と信一郎は言った。

掛け軸は、いわゆる幽霊画と呼ばれる類いのものだった。

風流人、好事家の間でコレクションされていることが多く

良く夏場などに、百物語の会などと表して

そいうったコレクション自慢や百物語さらには曰く付きな話を聞く。

富吉自身もそういった会に誘われた事も一度や二度ではない。

富吉は、その絵を手に取ってみた。

寸法は尺五立(54.5cm×190cm)作家名はなく、

薄水色の背景の中、緋色の牡丹が人魂へと姿を変え

そこから1人の幽霊図が現れている。

透けるような下半身、着物を着た美人で

幽霊らしく青白い肌が緋色の牡丹と対比で引き立っている。

長く垂らした黒髪を恨めしそうに口に食わえ、その口元にはホクロがあった。

「この幽霊は、...奥方で?」

富吉は、信一郎に聞いた。

「そう思うだろう?本当によく似ているが違うのだが

その絵は、長い事うちの蔵にあったもので頼子の訳がないのだ」

深々と頭を振って否定した。

「古いものならば、尚の事私などではなくそちらに詳しい方に...」

と富吉が言いかけたところで絶句した。

絵がかたかたと座卓の上で鳴ったのである。

「曰く付きなどと言うものは、気の迷いだと常々言って来た儂だったがな

さすがにこういうものを見せられてはな。鳴るだけならば、箱に入れ蔵に閉じ込めておくのだが....」

頼子は、部屋の隅で小さくかしこまっていた。

鹿鳴館の夜とは違い、その存在すら儚気な姿は別人のようである。

掛け軸からは、目をそらしている。

気持ちのいいものではないようだ。

自分に良く似た絵姿なのである。燃やす事も憚られるのであろう。

「噂に聞いたのだよ、渋木どのがこう言った類いの探りごとに長けているとな」

富吉は、誰がそんな噂を流しているのだっと思案したが心当たりの顔が浮かんで、落ち込んだ。

人懐っこい笑顔の男が頭に浮かんだのだ。

「もしや奥村という男に心当たりが?」

「おお、そうそう奥村君がとくにこう言った話に詳しくて、相談したら君の話をしたのだよ」

富吉は、合点がいった。

奥村というのは、幼馴染みの男で奥村 大輔といった。

古書や骨董を商いとしている、彼もまた風流人の1人だ。

自分で引き受ければいいものを何かにつけて自分を話しに巻き込むのが好きなのだ。今回も菊地家に入知恵したのだろう。

深いため息をついたが、ここで引くのも癪にさわる。

「もう少し。この絵についてお話を願えますか」

富吉は、そう信一郎に告げた。

信一郎は、おもむろに座卓の下から箱を出した。

「これは、その絵が入っていた箱です」

箱は、時代を感じさせる古さがあった。

『花下遊楽図』作者不明とうっすらと読めた。

「花下遊楽図ですか?」

「うむ、この箱の中には確かにその花下遊楽図の絵が入っていたはずなのだ」

「誰かに摺り替えられたとかですか?」

「作者不明だからな、さほど値打がつくとも考えがたい。他にも高い絵は眠っておるしな」信一郎の家の使用人も古くから仕えるものばかりで、かえって頼子の方が疑われるという。

古参の使用人に関しては、頼子が嫁に来た事が災いの始まりでは?などと噂するものもおり、その噂を払拭するためにもこの絵画を処分するなり、いわくの原因を突き止めるなりして欲しいとの話だった。

夜な夜なこの絵画の啜り泣きが聞こえ、庭に人魂が飛ぶという。

あげくに夜、頼子が厠に立とうものならば、幽霊だ!と悲鳴を上げて腰を抜かしたものもいるという。それ故、すっかり憔悴した頼子は、絵画とともに使用人のいないこの千鳥庵に身を寄せていると言う。最近では、信一郎もこちらに住んでいるという。

大仰な屋敷に使用人のみで、質素な庵にその主人と奥方ではなんとも言いがたい。富吉は、調べてみましょうと千鳥庵をあとにした。


街角で、芸者風の女性を2人連れた男がいた。

流行の背広に帽子、歳の頃は20代半ばだろうか

「大・輔!!」その男にそう声をかけたのは富吉だった。

「やあ!我が友富吉君、元気かい?」

大輔と呼ばれた男は、奥村大輔だった。

大仰な態度で、冨吉に手を広げて引き寄せた。

「どうだね?頼子殿にはもう会ったかな」

「どうしてお前は、私を巻き込むのだ?自分で調べればいいだろう?」

「ふふん、それでは面白くないだろう?それに私の見立てでは、頼子殿はかなり富吉君の好みだと踏んだのだが?」

「好みだろうと好みじゃなかろうと私は人妻には手を出さん!」

「ノンノン〜それは、風流人としては未熟者だよ。あの若さで色香だ、咲き誇る花に罪はないさ...花盗人は罪に問われんと昔から言うだろう」

「人の花を盗べば、それはれっきとした犯罪だ!私は...」

と富吉が最後まで言い終わらないうちに、大輔に口を塞がられた。

「まあまあ...あっ、君たち今日は残念だけど用事できちゃったから」

じゃあねと手を振られ、かなり機嫌を悪くしていたが

芸者風の彼女達は2人を後にした。

「ちょっと付き合え」大輔は、そういって富吉を連れて歩いた。

「菊池信一郎をどうみる?」大輔は、富吉に聞いた。

「どうって?男爵家の主って感じだったぞ。かなり貫禄のある男だ」

「明治政府設立時は、かなり功績があったらしいがな...幕末から幅広く商いに興じ、菊地家は没落公家の出だった頼子殿を迎えて名実共に男爵家になったわけだ」「それで?」不思議はあるのか?と富吉は聞いた。

「感じないか?歴史はさほどないってわけだよ。いわくつきの絵画を所蔵する程の大蔵があるわけじゃない」

「そうか?俺としてはあの歳の差だから先妻の恨みでもなんて考えたがな」

「それは、俺も考えたがな...彼は今年の春に頼子殿を娶るまで独り身だったんだ」

「あの歳まで独り身?信じられん」

「ああ、俺もそう思って使用人にそれとなく聞いたさ、するとな

信一郎が、10代後半の頃に京の都に修行もかねて商いをしていた時期があるらしい。その頃に遊廓にいれあげた女郎がいたんだと、半ば引き裂かれるように東京に戻されたというらしい」

「それから独り身か?律儀だな」

「あの顔からは、らしくないがな」

大輔は、富吉を一件の茶店に連れて行った。

そこは、一階が茶店だが二階は座敷になって障子で仕切られた。

ゆっくりと話すにはいいところだった。

「幽霊図は見せてもらったんだろう」大輔は、障子を閉めるなりそういった。

「とても頼子さんに似た美人幽霊図だったよ」

「摺り替えられた絵画とは?」

「言ってた言ってた。箱の名は花下遊楽図ってあったよ」

「うむ、それがなどうやら京の遊廓の花魁の絵図だっていうらしいんだ」

「京の遊廓の花魁?じゃあ信一郎の若いころ付き合いのあった人物か?箱はどうみても江戸時代中期頃のようだったけどな」

「まあ、それはねえ..僕としては、この話は信一郎氏の牽制ではないかとね」

「牽制?なんの?」

「頼子殿さ、彼女綺麗だろう?鹿鳴館でも噂の的さ。最初に鹿鳴館に現れた時に白い綺麗なドレスを着ていたらしくって、それから月下香婦人なんて字もあるらしい」

「この幽霊騒ぎで、あんな郊外の小さな庵に住む事になって、実質2人暮しなわけだ。噂では、信一郎氏はかなり嫉妬深いという話しだからね」

「まあ、あの歳まで独り身でやっと迎えた奥方が若くて美人とくれば、誰の目にも触れさせず愛でたいというのは致し方ないんじゃないか?」

「まあね、でもその幽霊話が逆に奥方の体調をおかしくさせてっていうんじゃ本末転倒だな、で俺が助け舟ってわけだ」

「誰に?」

「決まっている美人妻の頼子殿さ」

「お前、面白がってないか?」

「ふふん、浮いた浮き名のひとつやふたつ親友にも流させたいっていう、友達思いの俺を褒めてやってくれ」

「言い様に踊らされるのはごめんだが?」気分が悪いと富吉は唸った。

「出入りの骨董屋の俺の紹介で、婦人が連れてきたのが見目麗しい若者じゃあ旦那も嫉妬の炎ぐらぐらだよね」

「俺は!」

「まっ、そこで新しい展開が起きるわけだよ」

大輔は、富吉の口を指で塞いで、そう悪戯ぽくウィンクした。


富吉と大輔は、いわゆる幽霊が活動すると言われる丑三つ時に

千鳥庵付近を散策した。

この近辺は、華族の別邸などが連なっているという

とても静かで、小川のせせらぎに柳の揺れる合間を風が通り過ぎて涼しい。

幽霊がうらめしやっと出てきても絵になるなと2人は思った。

昼間、富吉は以前に幽霊画をコレクションしていた友人を訪ねた。

今回の花下遊楽図にまつわる幽霊画の話を聞いた事がないかと聞いた。

だが、誰もそんな絵の話は知らなかった。

かえって曰く付きの噂に飛びつかれたくらいである。

ただ、1人の友人がいった。

「絵と言うものは、生き物でね...その描かれた状況や描かれた時の材料によっては描いた人の思いを吸って、幽霊画や妖怪画に変化することもあるんだよ」と

例えば、古戦場跡で無念の死を遂げた武将の生首を描いた絵が時を経て、表情が変わったり、井戸の風景画を描いた絵画から日に日に井戸から手が出てくるといった話などもあるなどと話していた。

我々の預かり知らぬ所で、絵画は永遠の時を生き続けるんだ。

その間に何かがあったとしても不思議はないだろうねと付け加えていった。


「きゃ---------------------っ」っと

女性の悲鳴が夜を割いた。

「頼子さんだ!」2人は、悲鳴の上がった方向を見ていった。

千鳥庵の入口は、簡単な閂ですぐさま開いた。

中に声をかけると、ばたばたと玄関先へ走ってくる音

「ああ、渋木様、奥村様」

頼子は、見知った顔を見て安心したのか奥を指差した。

2人は、靴を脱ぎいそいで指し示された方向へ走って行った。

部屋は、障子が開け広げられており

畳を掻きむしり、苦悶の表情で胸を片手で押さえて倒れている信一郎氏がいた。

慌てて、信一郎に駆け寄りその体を抱き上げた。

息も絶え絶えだったが、まだ意識はあった。

富吉らが来た事を理解し、ある方へ指をさした。

それは、床の間の掛け軸の幽霊画だった。

掛けてあったのは、昼間見たあの幽霊画だったが...

「頼子さん、この絵....」言われて、後について来ていた頼子と大輔は明かりを近付けて絵を見た。

昼間みせてもらった時には、長く垂らした黒髪を恨めしそうに口に食わえていたはずなのだが

今見ると、伏せ目がちに顔を上げて黒髪をくわえる口元はうっすらと笑っていた。

「いやあっ!」頼子は、悲鳴を再び上げてその場に気絶した。

別室に床をしつらえて、医者が呼ばれた。

富吉と大輔は、床に伏した菊池夫妻を後にして

幽霊画のかけられた床の間に戻った。

「....幽霊は実在したか」

「この絵の出所も定かではないんだがな」

「まっ、これで信一郎氏の牽制説は払拭されたわけだが」

「だが、逆に信一郎氏を恨む絵ってことになるのか?」

2人が話していると、廊下からキシキシと静かに歩く音がした。

見ると頼子が彼等のとこにやってきたのだ。

だが、どこかおかしい。

綺麗に結い上げていた髪は、下りて長く垂らしており

まるで絵画から抜け出たようだった。

そして、視線はどこに向いているのか夢遊病のようだった。

2人の脇をすりぬけて、床の間の絵の前に座り頭をさげた。

長い髪は、肩から前に垂れてゆっくりと頭が上下に揺れた。

「おい、頼子殿はどうしたのだ?」大輔に問いに富吉は

「しっ」っと止めた。

ゆっくりと上下に揺れる上半身、しばらくすると幽霊画から

白いもやがゆらりゆらり流れでて彼女の体を包んだ。

すると、すっと頼子は立ち上がり廊下へ出て歩いた。

2人の存在など眼中にないようである。

信一郎氏が寝ている部屋の前に立つと、すっと障子は開き中に入った。

富吉と大輔は後を追った。

頼子は、布団に寝ている信一郎の上に乗り首を閉めていた。

「うううっ」っと苦し気にその手を止めようともがく信一郎氏

頼子は、無言のまま髪を振り乱して両手に力を込めていた。

富吉と大輔は慌てて、頼子を止めに入った。

だが、あっという間に振払われたのである。

とても女性の力とは思えなかった。

「おい、このままじゃあ信一郎氏が死んでしまうぞ!」

大輔は、再び頼子の手を掴んだ。

振払おうともがいて暴れる。だが、両手はけっして信一郎氏の首から外れなかった。

富吉は、思い悩んで床の間に戻った。

あの幽霊画が原因だと思ったのだ。

絵は、あった。

だが、幽霊の姿が変わっていた。

鬼のような形相で振り乱した自分の髪を掴んでいる。

青白い肌に、その力の様が浮き出ていた。

富吉は、床の間にかけられた絵画を外して、庭に投げ付けた。

そして灯籠の中から蝋燭を取り出して、その絵画に火をつけたのである。

すると奥から「ぎゃあ---っ」っと声がした。

大輔が部屋から飛び出し、さらに頼子が庭に苦し気に転がり出た。

体の周りのもやがまるで燃えるように空へ散って行く

絵画が燃え尽きる頃に、頼子もまた大人しくなった。

富吉は、頼子を抱き上げ家に戻した。

大輔は、信一郎氏の様子を見たが命に別状はなさそうだった。

庭で燃やした絵画は、まるで髪の毛を燃やしたような臭いが残った。

菊地夫妻が落ち着いた頃、富吉と大輔は千鳥庵を後にした。


後日、富吉と大輔の元に菊池信一郎氏の死去の報が届いた。

病名は、心臓発作。事件性はないというが2人は信じなかった。

数日のち、富吉が鹿鳴館を訪れていると頼子が近付いてきた。

「ごきげんよう」

やはり、夜には雰囲気が違うと思った。

未亡人となったせいか、さらに妖艶さまでついてきたようである。

彼女は、ひっそりと富吉に言った。

「あの絵、私が摺り替えたのよ」と言った。

「実家を離れる時に、出入りの行商の男から私に似ている幽霊画があるって聞いてね面白いと思ったの」

「面白い....ですか?」富吉は、少し呆れて言った。

「悪戯のつもりだったのよ。それであの男の執着が少しでも減ればなんて思ったのも真実ね」

「でも、本当の幽霊画だったわけですね」

「意外だったけど、結果良しかしら」と言って

頼子は扇子で口元を隠しながら、クスクスと笑った。

そして「今度是非お礼させてね」と富吉の耳もとに囁いたのである。

だが、富吉は「遠慮します」と踵をかえして鹿鳴館を後にした。


「俺の手には負えそうもない女だよ」

富吉は、大輔にそうぼやいた。

「まあね、毒婦とまでは言わないがね...あの菊地家の財産も手にい入れて、今や大金持ちの未亡人だ」

「いいように使われたっていうわけか俺達は」

さあねと大輔は、自分の骨董たちを手に磨いた。

そんな家の前を号外だ号外だと新聞を散らしていく少年の姿があった。

道に落ちた新聞を拾うと、目についたニュースはあの頼子のことだった。


千鳥庵の怪

先日、心臓発作でなくなった菊池信一郎氏

彼は、幽霊画から夜毎出てくる幽霊に悩まされた挙げ句に心臓発作でなくなった。

幽霊画は、どうやら焼失したと報告があったが事件はそれで終わりでなかった。

曰く付きとなった千鳥庵を解体するためにその打合せに訪れた未亡人が今度は、

襲われ死んだのだ。打合せの後に泊まった部屋で、布団の上で苦悶の表情で亡くなっている婦人が

通いの使用人によって発見された。布団の上には、どこから現れたのか牛蛙が何十匹とたむろし

婦人の上に乗っていた。彼女もまた心臓発作で亡くなってしまった。


「どうやら、ご主人の執着も幽霊並だったようだね」

大輔がぼそりといい、富吉もそれに頷いた。

ホラーのつもりで書き始めたのですが、どちらかというとミステリー色強くなりました。2人の風流人らしさも表現が今一つで、彼等の活躍はまだ別の話で〜

怖さと言うよりも雰囲気を楽しんでいただけたら幸いです。

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