普通についての痛感
夜中、やけにエンジン音がうるさくて、勝手に油を使うなと文句をいってやろうと思っていたのに、朝起きると"ファントム"のタイヤ廻りに昨日見たような黒い小石がいくつも散らばっていた。
夜中一度くらいはコープス・ハンドに起こされると思っていたけど、気を効かせてくれたみたいだ。
「ありがとう"ファントム"」
僕は礼を言って降り、今日の依頼を探すためにホールに向かった。
朝一番で西門を街道から潜ったら、ちょっと目立ってしまったようだ。
陶器の瓶をたくさん担いで出ていったと思ったら戻ってこないので心配していたと門番の人に言われてしまった。
野宿したというと、「これだから探索者ってやつは」といって苦笑いされた。
依頼、食堂と慣れない会話を続けたせいで億劫になってしまったけれど、やっぱり宿はちゃんと市内で取ったほうがいい。
それが普通ということなんだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
昨日いろいろ補給して、今朝いろいろ差し引かれて、結局今の存在値は1025だ。
増えているのは素直に嬉しい。
でもこれくらいでは少し贅沢な使い方をしたらあっという間に赤字だ。
そういえば、夕食も食べていない。
ひどい手抜かりだ。その分も引かれてしまっているに違いない。
絶対に三食食べなくては。
一食でも抜いたら大損だ。
ニータの食堂に行ってみたけどまだやっていなかった。
昼からなのかもしれない。
僕はやむを得ずホール近くの得体の知れない物売りからパンだか肉だかよくわからないものを買って食べた。それしか売っていなかった。
ホールの壁にもたれかかってむしゃむしゃとやるけど、おいしくない。
牢の食事に比べればもちろんマシだけど、ニータのご飯と比べてしまうとひどい味で値段も高い。
「グライムズさん、なんでそんなもんわざわざ街で食ってるんだ」
ライレさんが声をかけてきてくれた。
「ペミカンなんかうまくないだろうに」
僕はペミカンと呼ばれたそれをなんとなく見た。
「軍の遠征とかで使う弁当だぞ」
保存食だったらしい。
「腹が減ってたんだ」
「泊まってる宿では朝飯は出してくれんのか」
そういうことか。
朝食は宿で摂るのが普通なんだ。だからニータの食堂もやっていなかったんだろう。
ぼくはもごもご言ってごまかした。
幸せを感じなかったせいだろう、高かったペミカンで稼げた存在値はたったの1だった。
朝食も出してくれないひどい宿に泊まっていることにしていい宿屋を紹介してもらうことにした。
「安いところがいいです」
「腕利きがそんなせこい事を言うなよ」
「他に使いたいので節約してるんです」
「わかったよ……貢ぐのもいいがほどほどにな」
貢ぐってなんだろう。
「今日もコープス・ハンドの駆除でいいか?西街道で商人が被害にあうことが多くなっててな。なるべくたくさん倒してほしいんだ」
「それもいいですが、他にも稼げるのがあったらそっちもやりたいかな」
「一体あたりの値段ならコープス・ハンドが高い。今なら特にな。あんたが何を得意にしてるのかわからんから他はお勧めしにくい」
ライレさんは嘘は言ってないのだろうが、僕が稼ぎたいのはお金だけじゃない。
でも、言葉では伝えにくいなあ。
結局、コープス・ハンドの駆除と西壁近くの側溝さらいの仕事を受けた。
探索者の社会奉仕の一環ということで個人の家の周りを掃除して一軒あたり銅貨二枚。
割にはあわないけど、怪我をしたり、武器を壊して稼げない探索者が受けるのだそうだ。
個人の家なら、仕事をしているうちに感謝されて認められる事があるかもしれない。
存在値を稼げるチャンスだ。
ライレさんはものすごく変な顔をしていたけど、僕にはいい依頼だと思う。