狩りと補給
「グライムズといいます。これからお世話になります」
僕は応対してくれたいかついおじさんに名乗り、許可証に書き込んでもらってホールを出た。
ピーター・グライムズ。
異国風な、聞いた事がない名前だ。
この体の持ち主の名前かと思ったけどそうでもないらしい。
音楽とまぶしい灯りが見えたような気がしたけど、今はそんなことより狩りをしなければ。
僕は飢えている。
僕の視界のすぐ外、眼球を少しだけ上向かせた位置に一行の文章が刻まれている。
存在値:1005
これもあの白い神様がおまけでつけてくれたものらしい。
僕という焚き火にくべられる薪があとそれだけある。
そういうことだと僕は理解している。
薪が千本以上なら多いじゃないかと思うけど、村を出る時はその十倍あったのだ。
"ファントム"は恐ろしいほど存在値を食った。
あと何日かグラムタが遠かったら僕は消えていただろう。
それだけは許せない。
何にもならないまま消えたくない。
僕は西門を通って城外に出た。
皮を剥いだり牙をもぎ取ったりする自信がなかったので狩るだけでいい駆除依頼を探してもらったのだ。
コープス・ハンドというその怪物は西にしばらく歩いた墓地に出るらしい。
昔はただの墓地だったのだが、十年前の"大襲来"で"穢されて"しまってコープス・ハンドが出るようになったと聞いた。
正直、"大襲来"も"穢されて"も意味がわからなかったが頷いておいた。
僕はもう大人なんだし、なんでも聞くのは少し恥ずかしい。
そのかわりコープス・ハンドについては詳しく聞いておいた。
ほら、これだな。
街道を外れて少し歩くだけでそれらしき怪しげなものと出会った。
ふらふらとこちらに寄ってくる黄色い燐光を放つ死体……だったもの。
腐り果ててまともな形は留めていない。
上半身だけ、半身だけ、ぶよぶよとしたのは内臓だろうか。
本当に手だけで襲ってくることさえあるらしい。
昔だったらとても気味が悪かっただろう。
今は僕も同類だ。
一瞬だけ"ファントム"を呼び出し、リー・エンフィールド銃を取り出す。
ダブルカラムマガジンは装填済み。
予備の装弾クリップも用意してある。
照星を合わせ、慎重に一匹づつ当てていく。
どこが急所かさっぱりわからないが、それでも当たったコープス・ハンドが起き上がることはない。
.303ブリティッシュ弾は彼ら相手に十分な威力を持っているようだ。
ダブルカラムマガジンの十発を使い切ることなくコープス・ハンドは全滅した。
ばらばらになった死体はじぶじぶと聞こえる不快な音を立て、地面に染み込んで行き、真っ黒な小さな石が残った。
呪石というこの石ころを持って帰って駆除依頼は完了する。
すぐ終わってしまったので少し待ったが、近くで怪物が出る様子はない。
スパイク・バヨネットを使った白兵戦も考えていたので少し拍子抜けだ。
でも今日はここで狩りをやめる。
なぜって、ほら。
存在値:995
また減っている。
多分怪物を倒しただけでは増えないのだ。
功績を誰かに認めてもらわないと。
僕はリー・エンフィールド銃をもう一度呼び出した"ファントム"に放り込んだ。
次の日の朝には減った分の弾丸が二十発を上限として補充され、余った分は予備弾薬箱に入っている。
砂漠で試射をして確かめてある。
使う存在値は一発につき1。整備費だろうか、銃を入れて置くとぴかぴかになる代わり、余分に2の存在値が引かれる。
今日の狩りで増える存在値が期待はずれなら、ずっと出しっぱなしにして置くか?
僕はそんなみみっちいことさえ考えていた。
「早かったな。手強かったなら、仲間を募るか?」
ライレさんは僕にすぐに声をかけてくれた。
顔はいかついけど、本当にいい人だ。
「いえ、試し狩りが終わったので一度戻りました」
僕は大小七つの呪石を差し出した。
「……マジか」
ライレさんの顔がちょっとひきつっているように見えた。
これはなにかしくじったか。
道理で狩りが簡単すぎるような気がした。
「とってくるのはこれじゃありませんでしたか。すみません。もう一度行ってきます」
残念だが仕方がない。もう少し奥に行かないと本当のコープス・ハンドには会えないのか。
「いやいや、これだ。もちろんこれだよ。……本当に初めて狩りをするんだよな?」
「ええ」
よかった。助かった。
その時、存在値がぴくりと動いた。
存在値:1035
40上がった。初めて存在値を上げることが出来たのだ。
数はすくないけれども、それは確かな希望だ。
僕は僕を認めてくれたライレさんに深々とお辞儀をした。
「ありがとう」