シヴェシュの計画
このままだと能力も無いのに魔術士のまねごとをさせられかねない。
これ以上何か起こらないうちにグラムタに帰った方がいいだろう。
僕はさっさと皆さんに暇乞いをすることに決めた。
いろいろ放りっぱなしになるけど、元々僕の手に余るんだ。
シヴェシュの名代なんて。
「すみません。お忙しくなりそうですし、もう帰ろうかと……」
「何を言うのかね!モルデウス市会の有志を集めての夜会を催そうと思っておるのに」
何ですかそれ。勘弁して下さい。
「やむを得んな。無理に引き留めもならん」
僕が必死で訴えたためか、ローゼンシュタイン氏は案外簡単に了承してくれた。
「仕方がありませんわ。次の予定もありますものね」
アロイス奥様もそう言ってくれて助かった。
ん?次の予定ってなんだ?
別のお客様が来るんだろうか。
それにしては言い方がおかしいような。
「次はどこだったかな」
「アインの街だったね」
リゲルが当然のように言う。
「少し遠くない?名簿順なのかしら」
名簿順?
何か、僕の予定を話しているみたいに聞こえるぞ。
「グライムズ様」
アロイス奥様はにっこり笑って言った。
「訪問の予定が一段落したら、また当方にお寄り下さいな。フィリスも楽しみにしていますわ」
そんな予定聞いてないよ!
アインの街との間には定期往来している隊商がないので、わざわざアールさんが馬車を仕立てて送ってくれるそうだ。
お世話をかけて申し訳ないと思うけど、そもそも僕って何でその街に行くの?
僕を送ってきてくれた人たちはいつの間にかグラムタに戻ってしまっているらしいし、どうなっているんだ。
シヴェシュからモルデウス以外の街に行くだなんて話、聞いてないよ。
もしかしてぼーっとしてたから聞き逃したとか?
いや、あり得ないぞ。
いくらなんでも僕は自分がそこまでどうしようもない馬鹿とは思いたくない。
アールさんと他の人との話を聞いていると、僕はこの後三つの街を経由して王都に行くのが決まっているらしい。
"名簿"の人たちに会いに行くために。
さっきも名簿って言ってたな。
「あの……次の名簿の人ってどんな方なんでしょうか」
僕は思いきって聞いてみた。
ローゼンシュタイン氏はちょっと意外そうに眉を上げた。
「なんだ、そんなことも聞かされておらんのかね。不親切きわまるな」
それだけじゃなくてほぼ全部聞いてませんけど。
「アインの街のドラウグはわしの古い馴染みでな。気のいい奴だからそう心配することはないよ」
情報ありがとうございます。
でも本当に聞きたいことはそうじゃないんだ。
「その方もまとめ役を……?」
「もちろん。わしと共に"黒の名簿"の一人だからな。名簿に加わろうというのに関係ない者に会っても仕方なかろう。」
ええ……わかってきてしまったぞ。
アインの街までは三日くらいかかるらしい。
いっそ断って"ファントム"でグラムタに戻ろうかとも思ったけれど、ローゼンシュタインの皆さんの親切を無にしたくないし、特に危険はなさそうだし……。
"黒の名簿"というのが非道な組織か何かだったら断るべきなんだろうけど、ローゼンシュタイン氏が入っている時点でなかなかそういう話は考えにくい。
黙っていたら昼前には出発の準備が整っていた。
さっきまでそんな気配すらなかったのに、ことが始まると早いんだな。
「お戻りになったら、本当にお寄りくださいね」
「フィリスったら、何をしてるのかしら。見送りにも出ないで」
「ふむ。わしが後で慰めておこう!」
「余計な事はしない方がいいんじゃないかな」
ローゼンシュタインの皆さんは揃って見送ってくれた。
フィリス嬢以外。
最後に会っておきたかったなあ。
いや、結婚がどうという話ではなくてね。
そう思っていたら、ロロさんが白い小さな花のついた枝を渡してくれた。
「お嬢様からでございます」
紙が挟んである。
中身を見ようとしたらあわてて止められた。
「相聞歌を人前でごらんになるのはおやめになった方が……」
相聞歌。
恋する男女の間で取り交わされる詩だっけ?
僕は枝ごと紙を落としそうになった。
この体じゃなかったら顔が真っ赤になっていたと思う。




