亜人と魔物
「フィリス。もしかして、話をしていないの?」
リゲルがいぶかしげに言う。
いいぞ、お兄さん。
「暇がなくて……いつも誰かがいたし、最初の方はちょっと誤解が……」
「なんてことかしら」
アロイス奥様が眉間に皺をよせた。
「それじゃ今のお話全部意味がないでしょうに。長々と訳のわからない話をお聞かせして申し訳ありませんわ」
「ロロは何をしてたのかしら」
ロイスがロロさんを呼ぶ。
ぐだぐだになってきた。
「なんだ!何も聞いていなかったのかね!それはすまなかった!」
反省室からひっぱり出されたローゼンシュタイン氏は打って変わって友好的に僕の背中を叩いて笑った。
「あなた、笑い事じゃありません」
「何を言うか!だいたいフィリスちゃんを無理矢理他種族と結婚させようなどというのがおかしいのだよ!」
なぜだろう。すごくまともな事を言っているのにあまり信じられない。
「なあ、グライムズくん!君も結婚などしたくはなかろう!わかるぞ!結婚など人生の墓場だ!子供は別だけどな!はっはっは!」
おいおい、奥様が別の意味で怒り出すぞ。
「ま、まあそんな急ぐこともないじゃないか……もちろん、結婚は素晴らしいことだが……」
奥様にまた別室に連行されたローゼンシュタイン氏は別人のように小さくなって席についた。
まだフィリス嬢の結婚には抵抗するようだが、その声は弱々しい。
そのフィリス嬢は完全に拗ねてしまったようで、ずっと外を見て猪の大腿骨でジャグリングをしている。
器用だなあ。
「だいたい、僕みたいなどこの馬の骨ともわからない者を婿にしていいんでしょうか」
「それは問題じゃないよ。僕たちは貴族でもなんでもない」
この城みたいな建物に住んでてそれはどうかなあ。
「信じられないかな?でも僕らがここに住んでいるのは偉いからじゃないよ」
「我々は都市防衛の要だからな」
お、ローゼンシュタイン氏がちょっと息を吹き返した。
「モルデウス市の五つの稜にはそれぞれ別の種族のそれぞれ最強の一家が居館を構え、言わば生きた城塞の役割を果たしているのだ。過去の戦いで二家は防衛の任に堪えずその地位を手放したが、我らローゼンシュタインはいまだ力を失っていない!」
「そういうわけで子孫の質と量の確保は常に私たちの課題なのですわ」
ローゼンシュタイン氏が演説を始めそうだったけど、奥様がすっと引き取った。
うまい。
「この街ってそんなに危険なんでしょうか。グラムタは場所が場所なのでわかりますけど、ここは王国の内側ですよね?」
「グラムタは十年前の"大襲来"で唯一滅びないで残った拠点なのよ。他の街や村は全部壊されて、実質ここが最前線だったの。グラムタほどじゃないけど、ここにも怪物や魔物が湧き出る呪われた土地が残っているわ」
ロイスが闇の向こうを指さした。
河の向こうに何かが黒くわだかまっている。
「"汚れた家"と呼ばれているわ。"大襲来"以前から放置されていた大昔の教会らしいけど、何の神を祭っていたのかももうわからないの」
あれ、建物なんだ。
森の一部にしか見えない。
「コープス・ハンドがたくさん出たりするんでしょうか」
いや、とローゼンシュタイン氏は首を振った。
「ここに現れるのは冷たき蝙蝠というやつだよ。殺しても殺しても現れて、モルデウスを脅かしている」
大きさは大小いろいろだが、最大のものは人間の身長の倍もの翼を誇り、牙の麻痺毒と合わせて成人男性すら攫っていくのだという。
「え?じゃあシヴェシュさんと仲が悪いのって、夜闇族が蝙蝠を使役するから……?」
ローゼンシュタイン氏は苦々しげにうなずいた。
「それも理由の一つではあるな。今は関係がないことが証明されているが、"大襲来"の時、空を覆い尽くす冷たき蝙蝠の大群に、若く、思慮の浅い人狼族はすわ夜闇族の奇襲かと思い込んだらしいぞ」
それってローゼンシュタイン氏本人の事なんじゃないかな。
「そんなの貴方だけよ。魔物の冷たき蝙蝠と夜闇族が変化したジャイアントバットじゃ全然違うじゃないの。あの時ばかりは貴方の鼻はどこについてるのかと思ったわ」
奥様が人狼族らしい言い方でローゼンシュタイン氏をたしなめた。
そうなんだ。
夜闇族って蝙蝠に変身するんだ。
僕も見分けられるかは自信ないなあ。




