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モルデウスの街

この咆哮には魔法の力があるみたいだ。

具体的には、体をしばらく動かせなくするような。

護衛の人たちは全員耳をふさいでいたみたいだけど、小鬼ゴブリンたちはそうはいかない。

闇の中から情けない声とじたばたする音が聞こえてきた。

僕?僕には魔法が効きにくいんだと思う。

それと同時に、大きな黒いものがこちらに走り込んでくる。

あやうく撃ってしまうところだったけど、フィリス嬢が嬉しそうに手を伸ばしたのをみてやめた。

二頭の巨大な狼だ。

小鬼ゴブリンたちが乗馬代わりにしていたのだろう。

凶暴そうな顔をしているけど、フィリス嬢の前ではまるで子犬みたいなものだ。

「よしよしいい子。自由にしてあげるからね」

言いながら剣を抜いて小鬼ゴブリンたちを始末しようとするのであわてて止めた。

汚い血で鎧を汚すことはない。

「目を瞑って、耳をふさいでいていただけますか。その……ワンちゃんたちも一緒に」

フィリス嬢が素直に従ってくれたので助かった。

僕は護衛の人たちにも一声かけてから焼夷手榴弾を適当に投げ込んだ。

燃え上がる強烈な炎があたりを照らし出す。

初めて見るけど、小鬼ゴブリンというのは醜悪な生き物だ。

僕は見える限りの転がっている小鬼ゴブリンの脳天をウェブリーで吹き飛ばしたけれど、あまり罪悪感もなかった。

「済みました」

「えっ?もう?」

なんだかフィリス嬢が残念そうに見えるのは気のせいか。


一行の被害は簡易柵の一部が壊され、最初に接敵した護衛の人が手に軽い怪我をしただけだった。

「お嬢様!お怪我は!」

ロロさんは大げさにフィリス嬢の心配をしていたけど。

「戦っていないのだから傷などありませんわ。全部グライムズ様が片付けてしまわれました」

と言われて、僕が感謝された。

いや、たぶんだけど、そのまま戦ってても怪我なんかしないと思いますよ。


食事はさめていたけど、さっきよりずいぶん雰囲気がよくなっていてむしろおいしく感じた。

フィリス嬢が時々笑いかけてくれるようになったのが助かる。

ロロさんのほうはむしろ難しい顔になっていたけど。

ただ、寝る前にフィリス嬢が突然こちらに駆け寄ってきて、耳打ちするように気になる事を言った。

「戦っている時、グライムズ様の目に小さな男の子が見えましたの」

何?

僕が彼女を見返すと、

「あれが本当の貴方ですのね」

と言ってすっきりした顔で寝所を作った天幕に歩いて行ってしまった。


どういうことだろう。

フィリス嬢が見た小さな男の子って、あの名前のない村で死んだ"僕"のことなんだろうか。

心がざわついて、しばらくは寝られなかった。


翌日もフィリス嬢は上機嫌で、いろいろな事を話してくれた。

モルデウスの街のこと、自分の家族のこと、グラムタでやっていた物騒な気晴らしのこと。

それは楽しくないことはなかったけれども、やはり昨日の話の続きがしたい。

でも、なんだか自分の事を話すのは弱みをさらけだすようで嫌なのだ。

僕はいったい誰なんだろう。

あの穴の底で死んだ子供と今ここにいる僕は同じ記憶の欠片を持っているけれどそれは同じ人間、と言って悪ければ同じ意識を持つ者?ということになるんだろうか。

フィリス嬢の言葉に相づちを打ち、窓の外を走る雲を見ながら、いつしか僕は自分自身の中にぽっかりと開いた暗い穴をを見下ろしていた。

この底には"僕"がいる。死んで、冷たくなって。

"ファントム"は僕の傍らにいた。

現実世界とは違ってじっと静まり返り、音もない。

もう一人、横にいる。

顔は見えない。

でも、誰かはわかる。

僕の中にいる異形の兵士だ。

彼は黒くなってしまった手で穴の底を指さした。

俺もここから来た。

そう言いたいんだね。

わかるよ。

僕たちの、亡霊たちの髪は穴の底から吹く風に震えた。

この世の果てにある都。

そこを流れる暗い大河を超えて吹き寄せる風は霧を含んでじっとりと冷たかった。


「グライムズ様?」

フィリス嬢の顔が意外なほど近くにあった。

「わたくしのお話はつまりませんでした?」

「い、いえ」

適当な空想にふけっていたとは言えない。

そう。ただの空想だ。


夕方、遅くなってからモルデウスについた。

グラムタより小さいそうだけど、厳めしい城壁を備えた立派な都市だ。

なんとか夜になる前についてよかった。

やっと解放される。

「グライムズ様。お父様から晩餐に招待されておりますわ」

シヴェシュの名代だからね。

挨拶も報告もなしにそのまま解放されるわけがない。

当たり前だね。


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