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襲撃

気まずい。

とてつもなく気まずい。

この馬車から飛び出してしまいたい。

食事や小休止などは外に出て天幕を張ってするのだけれど、そこでも逃げられない。

席を外そうとするとフィリス嬢が無言で立ちはだかってくるのだ。

なぜ?

一行は三台の馬車に分乗していて、全部で二十人ほど。

その中でフィリス嬢に次いで偉いのはローゼンシュタインの家人だという六十歳くらいのおじいさんで、ロロという人なのだけれど、この人もやたらに僕に気を遣っている。

僕がシヴェシュの名代だから?

なんだか、それも違う気がする。

というのも、時々フィリス嬢と小声で話し合っていて、その後フィリス嬢が涙ぐんでいることがあるからだ。

その後は特に僕とフィリス嬢の距離を詰めようとさせてくる。

おかしい。

なんだか僕が無理に結婚でも迫っていて、それを立場上拒めないみたいな?

妙な具合だ。

僕はそんな大それたこと、考えてもいない。

だいたい、そんな力なんてないし。

ただ平和に仕事をしたいだけなんだ。


初日の夕食時。

ローゼンシュタイン家お抱えのコックさんが腕を振るった料理は旅行食とは思えないほど豪華なものだった。

どうやって持ち込んだのか、新鮮な魚のワイン煮がメインで、それに爽やかな香りのドレッシングがかかったサラダ、薄いパンに巻いた肉など。

でも僕にとってはどれも砂のような味しかしない。

またロロさんとフィリス嬢が背を向けて話をしている。

時々こちらを見てくるんだけど、もうフィリス嬢の目は赤くなっていた。

女中さんや護衛の人の一部も一緒に食事をしているんだけど、理由はわからないなりに僕が悪いと思ってるみたいで、視線が冷たい。

ひどいよ。だったら何が悪いか教えてほしい。

何回かフィリス嬢やロロさん、それ以外の人にも話しかけようとするんだけど、どれもはかばかしい返事が返ってこない。

これであと一日、耐えられる自信がない。

僕がため息をついたとき、天の助けが舞い降りた。


まあ、これを助けと言ってしまうのは我ながらどうかと思うけど。

「襲撃!」

「簡易柵が破られました!」

誰か、もしくは何かが襲ってきたのだ。


「迎え撃ちます」

僕は立ち上がってウェブリーに手をかけた。

"ファントム"を呼び出すまではないだろう。

「お待ちを!お嬢様の側におつきくだされ」

などとロロさんが言っているけど、全力で聞こえないふりだ。

だけど、急ぎ足で騒ぎの方向に歩き出した僕をすっと抜き去った人がいる。

え、なんでフィリス嬢が?

しかも華奢な白手袋を付けた手に見るも禍々しい曲がった剣を握っている。

「わたくしも参ります。足手まといには、なりません」

あいかわらずこっちを見てくれないけど、その顔はぎこちなく微笑んでいた。


フィリス嬢は本気らしい。

「危のうございます!」などと叫んでいるロロさんに非戦闘員をまとめて馬車に避難させるようにぴしりと言いつけ、ドレスを動きやすいようにたくし上げる。

どうもこのドレス、最初から防具としても使えるように出来ているみたいで、幾つかの動作をするだけで純白の軽鎧にしか見えなくなってしまった。

「本当に危ないと思いますけど」

と言ってはみたけど、本人は首を横に振ってさっさと現場に向かってしまう。

仕方がない。

僕がちゃんと守ればいい。

それに、剣を持ったフィリス嬢は今までより格段に話しやすそうに見えたんだ。


「敵は!」

「え?あ、お嬢様?」

「敵は!?」

「は、はい。はぐれの小鬼ゴブリン部族かと思われます。数は二十ほどですが、ウルフライダーが二体含まれております!」

ウルフライダーという言葉を聞くとフィリス嬢が露骨に嫌そうな顔をした。

小鬼ゴブリンめ。我が眷属を……」

闇の中に赤い光がいくつも見える。

それが小鬼ゴブリンというものの目らしい。

激しい吐息が聞こえる。

こちらが強そうなので襲いかかるのをためらっているのだろう。

「いかがいたしましょう?このまま朝を待てば退散すると思われますが」

小鬼ゴブリンを放置したら街道の平和が乱れるわ。あなたたちは耳をふさいでいなさい」

フィリス嬢は言い捨て、そのままいくらか進み出た。

当然、僕も一緒だ。

彼女は僕を振り仰いで、にっこりと笑った。

「わたくし、結構強いんですのよ」

形のいい唇から長い牙が見える。

目尻が裂けるほど見開かれ、瞳が金色に輝いた。

長い長い咆哮が闇を震わせた。


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