フィリス嬢
渋ったけれども、金貨を受け取ってしまった後なので断りにくい。
別の街というのも見てみたいし、結局受けることにした。
出発はフィリス嬢の体調を見てということだけれども、あまり待たせると向こうから迎えがきてしまうので遅くとも一週間は過ぎないということだった。
鎧も受け取っておきたいし、すぐと言われてもこちらも困る。
「どれくらいかかる旅なんでしょうか」
「さて、急ぎ方によりますが、馬車で片道丸二日というところですかな」
案外近いんだな。ちょっと安心した。
「それでは、日時が決まり次第連絡をいたしましょう」
こちらも頼みがあるんだ。
「お願いがあるんですけど」
「何でしょう?報酬でしたら」
「報酬の問題でもあるんですけど、市ホールを通してもらえませんか」
「ほう。理由をお聞きしても?」
「シヴェシュさんと知り合いだってことをホールの職員さんに言っていいものかわからなくて。ここでつながりを作っておいたら、これから先迷わなくてすみますし」
シヴェシュは苦笑した。
「私の立場を心配していただけましたか」
「僕の頭が混乱してしまうので」
「……本当に面白い方だ。よいでしょう。ホールを通しますよ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。探索者ピーター・グライムズさん。長い付き合いになりそうですな」
フィリス嬢の回復は順調みたいだ。
二日後にはもうホールに依頼が入っていた。
「"セドリックの竜"か。こないだとはまた真逆な依頼主だなあ」
ライレさんは指名依頼を伝えてくれたけど、特に反対はされなかった。
「ここはそこそこ護衛依頼を出してくるし、オーナーが元探索者だからな」
という理由らしい。
「いいスポンサーになってくれるかもしれん。がんばれよ」
と言われた。
こんなことならはじめから正直に話しておいてもよかったかな。
後から考えると僕のやることって本当に無駄が多い。
経験を積んだら、変わるんだろうか。
モルデウスへの出発の前日に鎧を受け取ることが出来た。
軽くて丈夫な革と鉄の薄板を組み合わせてあって、防御力があるだけじゃなく僕の見かけを探索者っぽく変えてくれるところも気に入った。
軍服の上から着るのは蒸れるぞ、と言われたけれど、僕は汗をかかないしね。
あとは鉱油。
質のいい鉱油が入荷したというので、このさいありったけ買ってしまうことにした。
全部買うというので一度、帝国聖金貨で払うというのでもう一度絶句されたけど、大量に買うことが出来た。
すごい量で、さすがに全部を"ファントム"に入れておくことはできないので、保管料を払って油屋さんに一時保管してもらうことにする。
大きな鉱油缶二つ分の油を飲ませた時の"ファントム"はこれまでにないほどご満悦だった。
これで少しは言うことを聞くようになってくれればいいけど。
他にも、旅に出るという話を聞きつけたクリファさんが意味不明な言動をしたり、つてをたどって仕入れた鉛が特に役に立たなかったり("ファントム"に入れておいても弾薬は増えなかった)、墜ちた巨人が消滅したことについての確認は終わったという知らせがきたり。
諸々忙しかったのでフィリス嬢のお見舞いは行けなかった。
なので、出発直前に会った時はどういう話をすればいいものか少し困った。
向こうが全く素っ気ない態度なので僕の気の迷いは無駄になったけどね!
「父上によろしくお伝えくだされ」
「承知いたしました。今回のこと、おじさまの所為ではないと申し開きして参りますわ」
とか、シヴェシュとは普通に話してるのに。
シヴェシュは僕とフィリス嬢に会話をさせようとするんだけど、完全に随行の召使いの一員くらいにしか見られてないみたいだ。
初めて会った時は仮死状態だったし、別に命の恩人なんて思ってもらいたいわけじゃないけど、いきさつを聞いてたらもう少し何かあるんじゃないのかな。
仮死状態でもきれいだったけど、健康を取り戻すとさらに美人なのがよくわかる。
こんな美人のお姉さん(十代後半だと思うけど、僕からすればね)に嫌われてるのはきつい。
気のせいじゃないかって?
馬車に乗り込む時に手を取ろうとしたらすっと外されたり、なるべく離れた場所に座られたり、一時間くらい目を合わせてくれなかったり。
これは間違いないでしょう。
僕はフィリス嬢に嫌われています。
助けて……。




