いつもの朝
ちゃんと朝起きることができた。
昨日の夜寝たのと同じベッドだ。
早速存在値を確認する。
存在値:76800
ほっと息が漏れる。
よかった。いい方向に計算外だ。
"ファントム"もちゃんと直っている。それがわかる。
やはり、気味が悪いようでもシヴェシュとの縁は大切にしなくてはいけない。
彼は、僕を評価してくれているだけでなく、強い力を持っている。
その力は、たくさんの顔を合わせたこともない亜人たちや魔物に繋がるものだ。
そのことが彼からの感謝と評価を巨大なものにしている。
僕はそれを心に刻んだ。
ゴロリ。
ん?
また、僕の中に何かが増えている感じがする。
手榴弾が在庫として置かれるようになったのと同じ感覚だ。
なんだろう。
今は一日分の補充では足りないくらい銃弾が不足している。
武器ならなんでも嬉しいが、今は試せない。
"ファントム"をここで出したら床が抜けてしまうだろう。
おおいぬ亭のラウンジではもう朝食の提供をはじめていた。
普通にベーコンエッグでも頼もうかと思ったけど、昨日食べた茶色のクリームの入ったお菓子が厨房の奥に置かれているのが見えたのだ。
「あれが欲しい」
思わず、給仕のお兄さんの袖を掴んで止めてしまった。
「は?あ、シュークリームでしょうか」
「そう、それ。シュークリーム」
「あそこにある分は、時間が経ちすぎておりまして」
「食べられないのか?」
そんな。
「ひっ!お許しを!」
怒ってはいないのだけど、困らせてしまったかな。
あまりにもがっかりしたので、何も頼まずにしばらく座っていたら代わりに小枝に刺した白くて丸いものを持ってきてくれた。
ましゅまろ?というらしい。
あぶってあるみたいで、柔らかそうなのに香ばしくもある。
ふん、だまされないぞ。
小さいし。
ちっともおいしそうじゃない……こともないかな……。
ものは試しにと一つ先端についていたのを食べて見た。
なんだこれは。
ふわふわと不思議な食感がして、甘い。
うまい!
すぐに全部食べてしまい、好物がまた一つ増えた。
おおいぬ亭を出た後、ホールに向かおうか"セドリックの竜"に行こうか迷ったけど、一日くらいではフィリス嬢の容態にもそんなに変化はないだろうし、ホールに行くことにした。
給仕のお兄さんに驚かせたお詫びも含めて多めにチップをあげてしまったことだし、多少なりとも稼ごうというみみっちい気持ちもある。
「それよりお前、何か忘れてないか」
僕の口を使って僕の中にいる兵士がしゃべった。
こんな街中で、やめてほしいよ。
忘れる?何を?
あ……。
「ちゃんと来てくれよ。待ってたんだからよ」
よう、と手を上げてライレさんは言った。
「すみません……」
謝るしかない。
昨日は色々あったけど、お世話になった人の言葉を忘れてもいいほどじゃない。
僕は深々と頭を下げた。
「……おい、髑髏面が謝ってるぞ」
「そんなバカな」
「さすがホール長だ……」
「グラムタの悪夢が……謝ってる」
「何が起こるんだ」
探索者の人たち、うるさい。
僕ってそんなにふうに見えるの?
普通に謝るよ!今朝も道で手がぶつかったおばあさんに謝ったし!
「ああ、いいよ。用があったんだろ。急ぐ理由もなくなったからよ」
「なぜでしょう」
「依頼がキャンセルされたんだよ。あれ、グライムズさんとこには連絡行ってねえか?」
そうか。
そういうシンプルな形で解決されたのか。
裏側でどんな話し合いがもたれたのかは僕にはもうわからないけど、それならそれでもういいや。
「うさんくさい黒幕が見え隠れしてたからな。そのままだとどんな厄介事に巻き込まれるか、知れたもんじゃなかったぜ」
その話、もう遅いよね。
隠すつもりもないからあんなに早くことを進めたがったんだろうけど。
「仕事がなくなったのは残念だろう。コープス・ハンドの討伐ならいつでも受け付けてるぜ」
ライレさんはまたいつものを勧めてきた。
どれだけ討伐させたいんだ。
でも弾が少ないしなあ。
「今日はちょっと……その代わり、これ取ってきましたから」
僕は大呪石を鞄から取り出した。
シヴェシュから口止めされてるのはフィリス嬢との事であってコレは関係ないよね。
ライレさんの笑顔が凍り付いた。