グラムタ北壁
アランシャ王国最北の都市グラムタは交易と近隣で取れる珍しい生物の取引で有名な活気ある都市である。
珍しい生物……普通に言うならば怪物、の素材はグラムタならではの商品であり、中央からも多数の引き合いがある。
無論、怪物が簡単に自分の皮や骨、牙をくれるわけもなく、グラムタはそれを採取しようとする荒くれ者の集まるところでもあった。
市内の治安は控えめに言ってもよろしくない。
そういう都市で衛兵などをやるのはかなりの猛者か、そうでなければ金のない市民の小遣い稼ぎである。
市民権の最後の活用法というわけだ。
小商人や職人がそれぞれのギルド内の廻り順で勤めていることが多い。
このような手段で衛兵になった者は武力などほとんどない。
行進時に矛槍で自分の足を斬らないようにするのが精一杯というところである。
彼等が警備していても、むしろ他の衛兵隊がいない証拠というわけで掏摸、強盗などはかえって増えるほどで、市内の警邏など到底任せられない。
彼等の指定位置はグラムタの北壁である。
これより先は砂漠と廃墟があるのみ。
十年近く前に最後に残った村からの連絡があって、それっきりだ。
怪物も砂漠を嫌うので北壁から先は虚無地帯である。
見張る必要すら本来はない。
五人一組で衛兵は巡回する。
だが、実際に立って見張りをしている者は一人だけである。
名をゴオガという。
彼が一人だけ見張り番を続けているのは一番若く、真面目だと言うこともあるが、小隊長のノリスと後家のアルナのいちゃつきに辟易しているからでもある。
本来衛兵は男しか募集していないが、適当な男手がなく、せっかくの収入をふいにしたくない家ではこっそり女を送ってくることがままある。
小隊長が拒否すればそれまでなのだが、そんな堅物は小隊長にはあまりいない。
つまり、役得ということだ。
しかしゴオガのような若い男にしてみれば目の毒もいいところだ。
だから砂漠を見ている。
他の二人はふて寝しているのだろう。
よけいノリスたちの嬌声がよく聞こえてしまう。
衛兵の給金をちょろまかしてでも今日は色街に行かなければ……。
その時、砂漠の向こうから何かが聞こえてきた。
聞いたことがないような、恐ろしい、美しい音が。
「耳がおかしくなったかな」
ゴオガはまず自分を疑った。
しかしその音はますます大きくなり、詰め所からノリスたちが飛び出してくるまで続いた。
それと一緒に金属がきしむような、巨大な獣が唸るような音も。
巻き上がった砂を透かして、何かが近づいてくるのが見えた。
そして、魅入られたように立ちすくむゴオガたちが恐怖に耐えられなくなる寸前でその影と、音と、きしみはいっぺんに消えた。
北壁の前に、見たこともない男が立っていた。