狼毒
「不幸中の幸いは、まだ完全に亡くなったわけではないというところですか」
なんですって?
「狼毒というのをご存じですか……、ああ、ご存じない」
はい。全く。
僕はこくこくとうなずいた。
「その名の通り、狼、犬の獣、獣人に極めて有害な植物です。栽培できず、保存もしにくいのですが、大型の狼でも少量で低体温、自発呼吸の停止、死に至ります」
死んでしまうじゃないですか!
シヴェシュはただし、と続ける。
「狼人、それも古い血を引く者は簡単には死にません。フィリス嬢も仮死の状態だと思われます」
「仮死か死んでるか、わかるんですか?」
どう見ても死後硬直してるんですが。
「いえ。しかしね、フィリス嬢が行方不明になったのはもう半月も前なんですよ。狼人を眠らせておける薬など狼毒よりさらに珍しいですし、意識をそのままにずっと閉じ込められていたにしては服が汚れていません。おそらく、狼毒で無力化されて、そのままということでしょうな」
もちろん、死んでたらとうに腐ってるし、っていうことか。
「じゃあ親元に帰したら、僕はおとがめなしってことに」
「なりません」
ダメですか……。
シヴェシュが言うには、ログマリア正教はグラムタでの勢力拡大を狙って亜人の有力者を誘拐したり、暗殺したりというようなことを繰り返しているらしい。
でも証拠は今のところつかめていない。
グラムタの中にもログマリア正教へ肩入れしている有力者もいて、そういう人はその誘拐や暗殺はむしろ亜人の間での内輪もめのせいだって言っている。
フィリス嬢が誘拐され、僕がそれに強制的に関わらされたのは、そういう亜人内輪もめ説の証拠をでっちあげるためだったと考えるべきなんだそうだ。
つまり、たまたま市外で通りすがったログマリア正教徒たちがフィリス嬢を助けようとしたけれども、凶悪な誘拐犯の魔の手を防ぐことはできなかったと。
得体の知れない魔物である僕はログマリア正教徒の鉄槌によって滅びたが、残念なことである。
やはりログマリア正教は素晴らしい!亜人でも助けるよ!すぐに財産を放棄して自ら最下級の奴隷になるべきだと思うけど、そうすればログマリアさまは救って下さるよ!
というような筋書きなのだという。
なるほど。
いや、納得は出来ないけどね?
「それにしても、なぜ僕が人間じゃないことがログマリア正教徒にわかったんでしょう」
そう言うと、シヴェシュはおかしそうに笑った。
「グラムタで名をあげる探索者は、亜人か魔物である率が飛び抜けて高うございます。みんな偽装していますがね。なにしろ普通の人間というのは弱いものです」
「はあ……ということは」
「貴方が純粋な普通の人間だなんて思っている者はホールの界隈にはまずいないでしょうな。噂は勝手に尾ひれが付きますから、亜人ならまだしも、魔物そのものだと思われていても不思議はありません」
ショックだ。
人間とも思われてなかったなんて。
あれ?じゃあ……。
「僕がログマリア正教の人たちを殺したのも」
「ええ、誘拐犯が救出しに来た善意の人々を皆殺しにしたことになりますよ」
頭痛がしてきた。
「貴方がこの窮地を脱するには、フィリス嬢を蘇生させるしか方法がありません」
「僕、医者でもありませんけど」
「狼毒は別名を死人花と言いまして、コープス・ハンドのような動死体がはびこる場所に生えやすいのです」
「いまさら狼毒を取ってきても意味がないんじゃ」
「狼毒の解毒薬は狼毒から作るのですよ。毒として使うより遙かに難しい調薬ですが、ご心配なく、調合法を心得たものがおります」
「つまり」
「はい。取ってきていただきたい。大量に。五十柄は欲しいですね」
今日は新しい依頼が受けられるらしい。
うれしいな。
断る自由はありませんけどね!




