最悪の最低
結局、残りの護衛と番頭には隠し球も何も無かった。
一応、話を聞こうとはしたんだけど、罵声しか返ってこないので殺すしかなかった。
今更だけど人間を殺してしまった。
特に何も思わないのは僕がやっぱり魔物だからなんだろうか。
かといってこんな人たちに殺されてあげる気もぜんぜんないから、こうなるしかなかったんだろうな。
でも最悪だ。
存在値はこの場合どういう風にカウントされるんだろう。
まさか引かれてしまうんじゃないだろうか。
邪悪な行いをしたということで。
それに僕、たぶんグラムタから無許可で出市したことになってる。
帰るときどう言えばいいんだ。
おおいぬ亭の従業員さんは呼び出された事を証言してくれるとは思うけど、そうするとこの皆殺し現場を見せないわけにはいかなくなる。
ライレさんにはどう話そう。
どう話したって、依頼人を殺しちゃったことに変わりはないんだけど。
ヴォールトさんはどう思うかな。
危険な魔物と認定されたら……。
背筋が寒くなった。
なんとかならないか。
うまく乗り切る方法は……。
僕はエンジンを空ぶかしして慰めようとしてくる"ファントム"を消した。
うるさい。
そうだ。まず、こいつらの身元を調べよう。
ログマリア正教の印の入った武器は持っているけど、何か他に僕を狙っていたという都合のいい証拠があればもっといい。
そういえば、後ろの馬車、あの後結局誰も降りてこなかった。
親玉が隠れているんじゃないか?
それがもっと話のわかる人間だったら、なんとか交渉できるかもしれないぞ。
僕はそんな甘々な期待にすがり、フラフラと閉められたままの馬車の扉に近づいた。
声はしない。
気の弱い人なのかも。
黒い扉を一気に開けた。
この夜最低な事態がそこに待っていた。
「ん?」
白い。
これはなんだろう。
高貴な女の人が着るドレスというものかな。
高貴な女の人なんかろくに見たことがないけど。
あれ?中身は……。
いた。
真っ白な顔だ。
まだ若い。
きれいだけど、血の気が全然無い。
これ、死んでいるんじゃないか?
なんでだ。
まさか、機関銃の流れ弾が当たったのか?
そんな馬鹿な。
僕は混乱して青い唇に手を当てたり、手袋を外して脈をとったりしてみた。
それから馬車から顔を外に出して誰もいないか確かめた。
女性の服を一部とはいえ勝手に脱がすなんて、見られでもしたら言い訳できない。
いや、何を言ってるんだ、僕は。
とにかく、彼女は完全に死んでいた。
でも、血が流れていないから僕のせいじゃない。
それと、もう一つわかったことがある。
この人、獣人だ。
銀色の髪の毛に隠れて見えにくいけど、耳の位置が普通と違ってかなり上に付いていて、まるで犬かなにかのような形をしている。
少しだけ唇を持ち上げると、人間と違う形の歯が見える。
その時、かすかな甘い、毒々しい匂いがした。
香水とかじゃない。
毒かな。
これで死んだのか。
なんで亜人間を嫌うログマリア正教の暗殺団が、よりにもよって獣人の死体なんか乗せているんだ。
夜中の戦闘、裏切り、依頼人皆殺し、知らない獣人の女の人の死体。
もうだめだ。
どうにもならない。
僕はグラムタから逃げてどこか遠いところに行こうと決心した。
でも、そうするとこの女の人はどうなってしまうんだろう。
他のログマリア正教の人たちはともかく、この人は僕の襲撃には関係ない。
その死体が怪物に食べられてしまったり、このまま腐ってしまったりするのはかわいそうだろう。
獣人か……。
つまり、亜人間なんだよな。
この間知り合いになった夜闇族、シヴェシュは亜人間のまとめ役をしていると言ってた。
そしてこの女の人はきれいだし、高そうなドレスを着ているし、種族は違っても亜人間なら知り合いという可能性も大きいだろう。
よし、シヴェシュのところに死体を持ち込もう。
唯一の問題は、僕がこの女の人を殺したと思われてしまうかも知れないってところだけど。
シヴェシュは話がわかりそうだったし、どうしてもダメなら逃げてしまうだけのことだ。
僕は決心した。