思い立ってもなかなか買えない
「鋭いわね……」
『鎧と武具 タヴァン』という大きな絵入りの看板の前でそんなことを言うのか、この人。
「間違えようがないですよ……」
たしかにホール近くにしては寂れた廃屋が多い地区で、わかってなければ行くこともない場所だとは思うけど。
皮革を煮るときのひどい匂いのせいで、あまり一般の人は住んでいなさそうだ。
「でも私のおかげでたどり着くことができたんだから、いいわよね!」
何がいいんだろう。
僕は曖昧にうなずいて店先をのぞいた。
うわあ。
これは、なんだろう。
鍛冶屋の作業場がはみ出してきている感じ。
ぴかぴかの鎧がきちんと並べられて、買う人を待っているなんてことは全然なかった。
人はけっこういるみたいだけど、それも裏へと入ったり出てきたり、忙しそうだ。
だいたい、みんないかにも店員さんというような格好をしていない。
一番近くの人と目が合いそうになったけど、ぷいっとそらされた。
誰に聞けばいいんだ。
売ってくれる気なんか誰もなさそうだ。
売り物もないし。
そう。そこにあるのは半完成品ばかりだった。
「鎧は全部注文品なんですよ」
クリファさんが言う。
「徴募の衛兵なんかがかたちだけ適当に着けるものじゃなくて、実際に戦うためのものですからね。きちんとサイズを合わせないといけないんです」
なるほど。
たしかにそうかも知れないが、だったらなんで最初に言ってくれなかったんだろう。
僕は大きくため息をついた。
「注文かい?」
今しがた奥から出てきた人が丁度声をかけてくれなければ帰るところだった。
背は低いけど、がっしりしていて手が大きい。
関係ないけど目も大きくて声も大きい。
職人さんだろうか。
「あ、親方~。うちの有望株を連れてきましたよ!」
親方さんなんだ。偉い人なのかな。
「あんたが直接連れてくるくらいなんだから、有望なんだろうよ」
ちょっと笑われた。
「タヴァンへようこそ。俺は職人頭をやってるヴレッキってもんだ」
親方の大きな手が差し出される。
握手……?
と思ったら肩を掴まれた。
「あの??」
「ふぅーむ」
ヴレッキ親方はちょっと止まって、それから二の腕や脇腹まで触ってくる。
「おかしな手触りだなあ。ちょっと……だいぶ珍しいわ」
僕は慌てて体を離した。
「鎧がほしいんですけど!?」
「体を見ないとどんな戦い方をするのかわからんだろ。重戦士と軽戦士、槍と斧使い、全然防具の使い方が違う。素材も、製法も変えないといかんのだ」
「いや、言葉で聞いて下さいよ!それに僕は普通とは違う武器を使うので、参考にはならないですよ!」
「へえ」
ヴレッキ親方はじろっとこちらを睨めあげた。
迫力あるな。
「俺様が見たことがない武器を使うってのか?」
タヴァンには大きな中庭があって、なぜかそこで戦い方を見せることになってしまった。
木でできた大きな人形に、様々な材質の傷だらけの鎧が雑に縛り付けられている。
最初は腕に覚えがある職人に相手をさせようと言われたんだけど、冗談じゃない。
僕のどの武器も手加減なんか出来ないんだ。
銃剣は別か。でも、それはそれでいつもの僕の戦い方とは違うからダメだろう。
「小型の飛び道具だろ?」
案内しながら、親方はさらっと僕の戦法を言い当ててみせた。
「しかし、機械弓は装填を使い切ったらしまいだし、折り畳み式の複合弓は連射がきかん。悪いことはいわんから剣か槍の扱いを身につけた方がいいぞ」
親切な人だ。
こんな親切な人のいる工房を傷つけたくないな。
ここは広いけど、しょせん街中だ。角度によっては鎧を貫通して窓や壁を壊してしまうだろう。
射角を高めに取ればいいか。
地面に打ち込むイメージで。
「なんだそりゃ……杖?魔術士か!」
もうそれでいいや。
手を高く上げながら撃ったから格好は悪いけど、ウェブリーはちゃんと当たってくれた。
鎧の胸の部分に穴が開き、壁の手前に土埃が立つ。
よしよし。
見物してた職人さんたちの中で音に驚いてひっくり返った人がいたのは計算外だったけどね。