追加兵装
朝起きると違和感を覚えた。
僕という存在に、何かが足されている。
とりあえず、服を探ったりしてみたが何もない。
ウェブリーもそのままだ。
それはそれとして、存在値が10000近く増えていたのは驚いた。
シヴェシュと会ったせいなのか?
基準が相変わらずよくわからない。
足されているのは存在値なのか……いや、違うような気がする。
自分のかたちが変わってしまって、言ってみれば腕がもう一本生えてきてしまって、なのにその腕がどこから生えているのかわからない、そんな違和感だ。
僕はいつもより念入りに身だしなみを整えたが、少なくとも目につくほど変わったところは見当たらない。
だったら、それは"ファントム"そのものか、あるいはその中に収納されているなにものかに違いない。
面倒だな。
顔を拭きながら肩をゆすりあげると、どこかで重いゴトリという音がした気がする。
今日の朝食は蜂蜜パンを四枚だけだ。
後で空腹になりそうだったが、どうにも落ち着かないのでさっさとホールに顔を出すことにした。
「おはようございます。ライレさん」
「よう、早いな。ちょうどよかった。今日は別の依頼をしたくてな」
「何でしょう?」
面倒だな。早く市外に出たいのに。
「南門近くにジャイアントワスプの巣が見つかってな。お前さんなら何か手立てがないかと思ってよ」
「ジャイアントワスプの群れですか……」
こんなときになんて面倒な依頼だ。
ジャイアントワスプというのは魔物ではなく、要は巨大な蜂だ。人間の手のひらほどもあり、毒針はないが巨大な顎で肉を噛みちぎって来る。
数が多く、素早いので煙で燻して弱らせた上で巣を焼き払うのが当たり前のやり方だ。
まともに戦うような相手じゃない。
でも……もしかしたら。
「人数は集めてるんでしょうか」
「おお、何人かはな。引き受けてくれるのか?」
「出来るかどうかは定かじゃないので、虫いぶしの用意はしてほしいんですが」
「よしわかった。何人かつけよう」
「いえ、失敗した時にグラムタに向かわないように煙で壁を作ってもらえれば」
「なんだそりゃ?」
ライレさんは首をひねった。
我ながら安請け合いをするものだ。
もし追加されたものが予想通りじゃなかったら、その時は謝るしかないな。
「ここで虫いぶしをしながら待っててください。間隔を開けて」
「心配しなくてもジャイアントワスプは体の割に羽根が小さいからそう高くは飛べねえ。門さえ守って通行人がいなけりゃ大丈夫さ」
朝のうちは隊商が来る予定もなく、市外に出ている人は避難済だそうだ。
僕はライレさんと虫いぶしの松明を持った人たちに「ついてこないでくださいね!」と念を押して南の森に入った。
そんなに歩かなくてもすぐ見つかるという話だったが……。
もういた。
羽音がすごい。
これはたしかに迷いようがない。
ジャイアントワスプは蜂蜜を食べない。
完全に肉食で、幼虫は腐らせた肉を働き蜂から口移しで与えられて育つ。
巣の周りは半分腐った動物の死体で足の踏み場もない状態だ。
ジャイアントワスプのほかに、死体にたかるハエなんかが大量に沸いていて、巣はよく見えない。
僕は急いで"ファントム"を呼び出した。
別に森の中を走るんじゃないのに、先に出しておけばよかった。
今のところ、ジャイアントワスプはこちらに気づいていない。
キャビンの中に手を突っ込んで新しく増えたなにものかを探す。
僕が期待していたのは"携帯火炎放射器"。浮き輪のような形をしたそれは、この地獄のような状況をあっさり焼き払ってくれるはずだ。
でも、手に触れたのは全く違う丸く、細かい溝が刻まれた小さな樽のような物体。
ミルズ型破片手榴弾だ。
「あーー、そっちかーー……」
僕はがっくりと頭を垂れた。
ライレさんに謝らないといけないぞ。
あ、でもまだ何かある。
棒状のいくらか大きなこれは……黄燐手榴弾か。
銃よりはマシかなあ。
僕が黄燐手榴弾の柄をぷらぷらとさせながら悠長に考えていると、巣の方でヴォン!というような羽音がした。
奴らの索敵範囲に獣かなにかが入ったか。
これはまずい。敵が散ってしまう。
ええい!投げてしまえ!
羽音が一番大きい方に向かって黄燐手榴弾を投げ込んだ。
何秒か後、薄暗い森に火柱が立った!