僕という種族
テーブルマナーは気にしなくていいと言われたのは助かった。
どうやって食べていいかわからない料理が多かったからだ。
陶器のカップの上に茶色いパンの皮みたいなものが膨らんで載っている料理は、スプーンでつついたら大穴が開いてしまった。
なんなんだよ、これ。
どうもスープの一種らしい。パンの皮っぽいところを熱いスープに崩しながら入れたら美味しかった。
僕は恐れをなしてしまって、見た目が当たり前なステーキを主に食べることに決めた。
細かく先に切って口に運ぶと柔らかくて美味しいけれど、何か変わった味がする。
「お口に合いますかな。最上級の牛肉をマリネにしてから焼いてあります」
マリネってなんだっけ?
「とてもおいしいです……」
「それはよかった。私は料理を食しませんが、食べる方を見るのは好きでしてね」
「はあ」
「ところで、お名前をうかがっておりませんでしたな」
あれ。
この人、僕を知ってて声をかけたんじゃないのか?
てっきり探索者として最近実績を出した僕を狙っていたんだと思いこんでた。
恥ずかしいな、これ。
「ピ、ピーター・グライムズです」
「そちらは知っております。失礼ながらしばらく監視させていただいていたので」
そうか。そりゃそうだよな。二つ名やヴォールトさんとの絡みも知ってて名前を知らないなんてありえない。
「本名は秘密ですかな」
「そういうわけじゃないですけど」
「霊が主体の種族は契約に縛られやすいですから、ご懸念は理解いたしますよ」
なんのご懸念??
「ただ、私個人の興味からも種族名はお教え願えませんか。実に興味深い」
「種族って……人間かなあ……」
「は?」
いけない。これは全然信じていない目だ。
「なるほど、両親のことは覚えていない」
「はい」
「生まれた場所は北の荒野のどこか」
「はい」
「そして、いずれ人間になりたい」
「はい」
しどろもどろで説明すると、シヴェシュはまたこめかみに手を当てて考え込んでしまった。
両親の事以外は嘘はついていないのだけれど。
そこをまともに説明すると更にややこしくなりそうだ。
「だから真名も言えない……自分も知らないから、ということですな」
「そうですね」
「奇妙な話です。一概に嘘を言われているとも思えませんが」
「奇妙ですか?」
「はい。貴方は私の視覚で見る限り強力な霊体です。つまり、レイスやゴーストなどの類ですな。最初は死霊王かと思いました」
「そ、そんなものじゃないです!」
「わかっています。貴方には執着の歪みがない。正確にはあるのでしょうが私には見えない。怨霊が現世に縛る鎖なしで存在すること自体ありえません」
鎖か……。存在値がそうじゃないのかな。
「貴方の霊体は生まれたての赤子なみに無防備だが、それでも霧散してしまわないのは、何か強い土台にがっちりと組み合わされているため……」
シヴェシュの目が赤く光っていた。
僕、見られている?
「どうにも自然に生まれた魔物には見えませんな。まるで霊で作った城のようだ……ッチ!」
そこでシヴェシュは目を閉じた。
目尻から血が出ている。
「大丈夫ですか!?」
「いやいやこれは……手厳しいですな」
僕が悪いのか?
「すみません……」
「グライムズ殿のせいではありませんよ。相手がいかに無防備に見えても油断するなということですな」
シヴェシュは顔をハンカチで拭った。
「さ、食事の方をどうぞ。この仔牛の頭の煮込みなどが人気のようですぞ」
ちょっと気味が悪い料理を勧めてくるその目はもう赤くなく、ただ少し血走っているだけだった。
色々ごちそうになってしまったけれど、結局その後シヴェシュが何か重要な事を聞いて来たりはしなかった。
本当にただの興味本位だったのかな……。
僕はお礼を言っておおいぬ亭に帰った。
特になにもその夜は起こらなかった。
その夜、グラムタと周辺市の異種族を束ねる"魔王"シヴェシュの秘密の謁見室は深夜に至るまで明るく、多数の腹心が入れ替わり立ち替わり伺候し続けた。
明け方、彼がようやく眠りにつくと、豪華だが乱雑な机の上に、メモが残った。
そこにはただ一行。
・興味深いでは済まされない
と乱暴に書きなぐってあった。
「あ、レストランと酒場が何が違うのか聞くの忘れた……」