後ろ暗い接触
変な二つ名が増えて、思うところがないではないけど、金貨は素直に嬉しい。
ライレさんに言わせれば琥珀金らしいけど……。
どうせ王様や貴族様しか使わないなら、本物の金貨なんか僕が目にすることはないだろうし、これだって十分に貴重そうだ。
「ふふ」
僕は笑って、金貨の入った財布(やっと買ったのだ)を服の上からぽんぽんと叩いた。
今日はレストランとやらに行ってみたい。
といっても。
僕にはレストランと酒場の区別が今ひとつわかってはいない。
高級そうと言うならおおいぬ亭のラウンジだってかなりのものだ。
レストランでお酒を出さないというわけではなさそうだし……。
実際、何が違うんだろう。
それが知りたいというのもあって、僕はグラムタでも比較的ゴミが少ない地域に来ていた。
窓や戸口からゴミを捨てたり、歩きながら要らなくなったものを捨てたりする人は結構見たので、多分回収業者が頻繁に巡回しているんだろう。
お金持ちでも汚いのは変わらないんだな。
僕は妙なことに感心した。
レストランはこの地域に何軒かあるらしいけど、僕が向かったのはグラムタで一番という"セドリックの竜"という店だ。
セドリックさんというのはオーナーで、昔グラムタを襲った火竜を退治した英雄なのだという。
「ここかな」
"セドリックの竜"は周りの家とは違った赤っぽい石で出来た大きな店だった。
大きな木の看板には竜と戦うセドリックさんの姿が描かれている。
「お食事でしょうか」
頑丈そうなドアの前に立った衛兵みたいな格好の人が声をかけてきた。
「はい」
答えたのだけれど、ドアの前から動いてくれない。
「あの……」
「当店は初めてのご来店の方は他のお客様の紹介がない限りお断りいたしております」
「え、でも知り合いとかがいなかったら紹介してもらいようがないですよね?」
「はい。そのようになっております」
そうなんだ。
そんなお店もあるんだな。
僕は物知らずな自分が恥ずかしくなってぺこりと頭を下げた。
「すみませんでした」
誰かに紹介してもらってまた来よう、そう思って帰ろうとすると、脇から知らないおじさんが口を挟んできた。
「私の紹介ではダメかね?」
「ルトム様……左様ですか。承知いたしました」
そう言って衛兵みたいな人はどいてくれた。
「規則なもので、失礼いたしました」
その流れで、知らない人と同じテーブルで食事をすることになってしまった。
困った。
でも、どう考えてもここで別れて食事をするって言い出すのは失礼だよね……。
「どうぞ、遠慮なさらず。下心あってのことですからな」
そんなことを言ってルトム様という人はさっさと席についてしまった。
え、下心って何……。
「私、このグラムタと東のロムスとで商売をしているルトムという者ですが」
「あ、はい。ルトム様ですね」
「様はいりません。偽名ですし」
何なのこの人。
「人間でもありませんし」
そう言ってズボンから何かを取り出した。
尻尾……???
それはどう見ても黒い毛皮に包まれた尻尾で、先端は鱗が盛り上がった小さなコブのようになっていた。
「夜闇族のシヴェシュと申します。"髑髏面"殿にお会い出来て光栄至極」
僕は後ろに下がろうとしていつの間にか突き出されていた椅子に倒れ込んでしまった。
振り向くと、店の前に立っていた衛兵によく似た顔の給仕が立っていた。
よく似た……?
いや、そっくりだ。双子だろうか。
「私の木偶ですよ。この店で何体か働かせております」
本当になんなんだこの人、いや人じゃないのか。
「悪魔……?」
「ははは。私も悪魔は見たことがございませんな。まずは一献」
木偶と呼ばれた給仕が無言で高そうな葡萄酒を僕の前のグラスに注いだ。
どうしたら良いんだ。
僕、お酒を飲んだ事ないし。
それ以前にこれを飲んだ後にいい未来が見えないんだけど!




