リスクとリターンの考察
4000。
今朝起きてみると存在値が4000増えていた。
今、合計は5720ある。
昨日までの毎日、増えてはいたものの一日あたり100を超えるか超えないかで、こんなことじゃいつ消えてしまうかわからないと思っていたら、これだ。
未だに存在値が増えるタイミングはよくわからない。
依頼を達成したり、食事や補給をしたりした瞬間に増えるような気もするけれど、今日のように起きたら増えていたということも無くはない。
でも、今回急増した理由はあのヴォールトさんが関係しているのは間違いないだろう。
魔術士に認められると増えやすいのか?
そうすると魔術士の知り合いを作っておきたいな。
それに、と僕は顔を洗いながらぼんやりと思った。
昨日は今までにないくらい自分について話した。
それは危険な事だったのだと思うけれど、認められるためには必要だったのだろう。
知りもしない者を認められはしないだろうから。
おおいぬ亭の朝食で最近のお気に入りはホットケーキだ。
厚めの生地にまずバターを塗り込み、そこにこまかく穴を開けて蜂蜜を何度も塗る。
それを給仕の人に温めてもらい、それからもう一度バターを載せる。
最初は給仕さんに頼むのが気が引けたけれど、今は平気だ。
ラウンジで食べるのも慣れて来たし、我ながら図太くなってきたと思う。
毎回給仕さんは微妙な顔をするけどね。
いいじゃないか、美味しいのだし、と思えるようになってきた。
熱い蒸気にあてて温め直されたホットケーキにバターを溶かし、僕はナイフでホットケーキを切る。
フォークとナイフを同時に使うと右手と左手の在り処がわからなくなってしまうので、フォークは置いたままだ。
大きめに切り、ナイフに刺して口に放り込む。
行儀が悪いことはわかっているので、誰にも見られないように片手と肩で隠しながらだ。
おいしい。
なぜみんな両手を使って食べるような曲芸が出来るのだろう。
そんなことを思うのは僕が育ちが悪いからなのだろうな。
きっと、僕に混じっている兵隊も育ちの悪い奴だったに違いない。
銃を扱ったり、"ファントム"を運転するときはあんなに器用なのに、テーブルマナーについては全く助けてくれないじゃないか。
そんなことを考えていたら、壁を作っていた左手が勝手にフォークを手の中でくるくると廻しはじめていた。
それは見事な手並みだったけれど、そういうことじゃないんだ。
きっと器用だけど、下品な奴だったんだ。
そう僕は思うことにした。
今日は遅めにホールに行くことにした。
"外道"というのをライレさんが言いふらしていないか確かめないといけないからだ。
子供っぽい、洒落のわからないやつと思われるかもしれないけど、約束はきちんと守ってほしい。
ホールに僕が入ると、陰でいろいろ言う人がいるので、それに聞き耳を立てるだけでライレさんが約束を守ったかどうかは簡単にわかる。
……あれ?
意外、と言ってはなんだけれど、いつもと変わらない。
ライレさんのことをちょっと誤解していたのかな。
もっとふざけた人だと思っていたのに、失礼だったかも知れない。
「よう!今日は遅かったな」
「あ……お、お、はようございます」
ちょっと噛んでしまった。
「昨日はヴォールトの相手をさせて悪かったな。今日の報酬は色をつけとくからよ」
いい人だなあ。
僕は感動してしまった。
その感動は夕方、八十個の呪石を持って帰って来たらあっさり裏切られていた。
「"外道"……人間離れしてるぜ」
「"外道"の"髑髏面"……さすがに迫力がすげえ」
なんだよ。
僕の感動と労力を返せ。
「次の日までは、我慢したじゃねえか」
笑ってるし!
「探索者にはな、押し出しも要るんだよ!感謝しろって!」
呪石を隠そうとしたけど、あっさりと取られて、代わりに金貨!!を二枚くれた。
「一枚はヴォールトからだ」
怒っていたはずなのに、ついまじまじと見てしまった。
ちょっと悔しい。
あれ、ちょっと色がソブリン金貨と違うな。
「これ、金貨ですか?」
「帝国琥珀金貨だな。金銀半々の合金だ。品位の高い金貨は王侯くらいしか使わねえ」
そうなんだ。
「まあ、がんばりゃあお前なら本物の金貨だって稼げるようになるさ!」
ぽんと背中を叩かれた。
あ、もういない。
誤魔化された……。