外道
「君は、つまり外道なのだな」
僕が魔術の基礎的な訓練すらしたことがないと正直に言うと、ヴォールトさんは難しい顔でそう言った。
外道って、ひどくはないだろうか。
そこまで悪人みたいな言い方をしなくたって……。
「悪い奴という意味ではないよ」
僕が傷ついたのがわかったのだろうか。
ヴォールトさんは苦笑した。
違うのか。
「生まれつき魔術を使える才を持って生まれ、しかもそれを正式な修行なしに使いこなしている者を外道という。野良魔術士は半端な訓練を受けた後で修行を放棄してしまった者が多いが、それとは全く異なった存在だ。魔梟のように数種の魔術を使う魔物もいるが、それに近いな」
「魔梟なら狩ったことがある。ありゃ厄介だ。そういやグライムズに似ていなくもない……」
ライレさんもひどい。
「茶々を入れるのはよしてください。魔梟の話は例えですよ」
ヴォールトさんが舌打ちした。
「私が見る限り、似た魔物はいません。今まで通り"外道"の"髑髏面"として生きて行く他ないでしょうね」
「悪めの二つ名がかぶったな……」
ライレさん、面白そうに言わないで!
僕は少々、いやかなり傷ついた。
ライレさんは言いふらさないと誓ってくれたけど、あれは絶対に約束を守らない目だ。
悪い評判のない探索者になろうとしているのに、台無しじゃないか。
"ファントム"をしまって、僕らはグラムタへ帰途についた。
ライレさんはもう少し討伐してほしそうだったけど、疲れたし、ちょっと仕返しっぽい気分でもあった。
「明日まで待って本当に言いふらされてなかったら倍の数倒しますよ」
これくらい言ってもいいと思うんだ。
「来てよかったですよ」
市ホール裏の酒場で薄いエールを舐めながらヴォールトは言った。
「だろう!お前でもあの"銃"は驚いたろ!」
火酒をうまそうに飲みながらライレが返す。
「……うん。大した威力でしたね」
「なんだ、何か含みのある言い方だな」
「大した破壊力ですが、それ自体は見たことがないというほどでもないんですよ」
「ふむ。備え付けの大型バリスタなんかだったらあるかもな」
「魔法でも再現しようと思えば出来なくはありません」
「そうなのか。こりゃいよいよ魔術士をこの市にも招聘しなくちゃな」
「その件は上の方に通しておきますよ」
「頼むぜ。で、グライムズの奴も魔術士並のことが出来るってわけだな」
「彼の真似が出来る魔術士はいないでしょうね」
「今、出来なくはないって言っただろ」
「攻撃だけならね。グライムズ君の本質はあの"ファントム"ですよ」
「ああ、なんだか煩い馬車のことか……?」
「煩いはひどいですね。極めて音楽的な調べでしたよ。異国的でしたがね」
「俺に音楽はわからんよ」
「まあ、貴方に芸術に対する理解を求めるのも無茶ですね。それはいいですから、"ファントム"自体が時々動いていたのを見ましたか」
「馬もついてないのにか?」
「ええ。見間違いではありません。推測ですが"ファントム"はグライムズ君の乗騎になるのではないかと」
「アレ自体が馬みたいなもんだってのか」
ライレはとても信じられないと言いたげに火酒をあおった。
「"ファントム"が魔術士で言うところの使い魔だとすると、他にも様々な能力を持っていても不思議ではありません。じっくりと観察させてもらいたいものです」
「なんだ、それにしちゃあっさりグライムズを解放したもんだな」
「ええ。彼はまだ我々を信用してくれてはいませんから」
「ま、そりゃそうだがよ」
「ここであまり押すのは得策ではありません」
「お前がそんなに人に気を使う人間だったとは初めて知ったよ」
「彼はつまらぬ凡百の者どもなどより遥かにそそる存在です。気も使いましょう」
ヴォールトは薄い笑みを浮かべた。