僕が魔術士じゃないのは確定的な事実
「親切心で言っておくが」
ここでヴォールトさんは声を少し低くした。
「君が人間ではないことは知っている。ライレにもさっき話した」
え?
「魔術士なら普通にわかることだ。隠しても無駄だ」
……どうしよう。さっきまでの言い訳が完全に意味が無くなった。
「だが、それは別に構わない。この街にはごく少数しかいないが、亜人間は他の都市では普通の市民だし、人に紛れた知性ある怪物も数は少ないが黙認されている」
そうなんだ。僕は衝撃を受けすぎて返事が出来なかった。
そんなに必死に隠す必要はなかったのかな。
「ログマリア正教の力がそれほど強くないところでは、という但し書き付きだがな。もちろん、黙認されているだけだから大っぴらにして良いわけではないぞ」
なんだろう、ログマリア正教って。あと、隠したのは正解だった。僕かしこい。
「だから、君の正体を暴いたりはしない。もちろん、調べさせてもらえるなら歓迎するぞ?」
僕は反射的に首をぶんぶんと横に振っていた。
調べるって。
絶対にろくでもない目に遭う。
「調べるのはやめてください……でも、いいんですか?僕みたいなものを信用しても」
「悪意がない怪物なら、別に私がどうこう口出しすることでもない。ただ、悪意のなさを証明するためにも、君の力を隠さずに見せてもらいたい」
僕の力って、普通に考えたら銃の破壊力と"ファントム"の事だろう。
でも、存在値と、それを消費して装備を直したりできるのも力の内なのかな。
これはどっちかというと呪いじゃないかと疑っているんだけど。
微妙だし、これは言わない方がいいかな。
「わかりました。少し街から離れていいですか?」
後ろめたいので伏し目がちになってしまっていないか不安だな。
ライレさんもついてきて、三人で西門街道を外れた大岩の影まで歩いた。
その間少し話をした。
なぜ僕を信用してくれるのかとか。
「ライレがそう悪いやつには見えないと言ったことが大きいが」
そうなのか。ライレさん、ありがとう。
「他の理由としては三食欠かさず食べていることかな」
どういう意味でしょうか。食い意地が張っていると安全なのか?
「都市に紛れ込む怪物が人間に害をなす理由は、一にかかって食性にある。端的に言えば、人間に化けて人間を食うとか、精力を吸い取るとか。前者はスプリガン、後者はインキュバスなどだな」
なんだそれ怖い。
「逆に言えば、人間と同じ食物で満足するなら争う必要もないのだよ。人間を憎むならそもそも都市になど来ないし、人間を利用して生きると言うのであれば、それは人間同士でもあることだし」
なるほど。物分りの良い人だ。今度僕の特製カッファをごちそうしよう。
「ただ、君の味の好み、あまり人間向きではないな。妖精などには下手な人間より舌の肥えた者も多いのだが」
しまった。先手を打たれたか。
やっぱり、油断できない人だ。
まわりに人がいず、コープス・ハンドの小さな群れが下生えをかき分けて寄ってくるのを確認して、僕は"ファントム"を呼び出した。
「なんだこりゃ?馬車か?歌が聞こえるぞ?」
ライレさんが驚いている。
悪の支配者第六楽章、八部混声合唱。
重厚沈鬱な中盤でも比較的明るく、軽い部分だ。
「歓迎しているみたいです」
「君の使い魔か」
「僕の……分身です」
使い魔の意味が今ひとつわからないけど、違うような気がした。
相変わらず整備不良の"ファントム"が軋むような雄叫びをあげる。
僕は近づいて来たコープス・ハンドに、キャビンから取り出したブレン軽機関銃を向けた。