魔術士
「野良魔術士がいると?」
「野良ってのは言い方がよくねえな。ギルドに加入してない魔術士がいるだけだ」
「それを野良というのですがね」
「うちの有望株なんだ。無体な真似はしてほしくねえ」
「勘違いされているようですが」
「なにがだい?」
「野良魔術士は違法ではありません。わたしたちも野良魔術士を狩りだしたりはしませんよ」
「そうなのか。じゃあお互い問題はねえな」
「ただし」
「なんだ、勿体をつけるなあ」
「野良魔術士は危険です。殆どの者は正式に学んだこともなく、魔力の制御もできない素人で大抵はすぐに死にます。まわりの人間を巻き込んでね」
「そうかい。ご忠告耳に痛いぜ」
「真剣に言っているのですが。"青獅子"よ」
「わかってるさ。だからあんたの目で見てくれと言ってるんだ。"雷雲"の」
そう言われると、ライレの前に立つ初老の魔術士は神経質な眉をひそめた。
"雷雲"のヴォールトの二つ名は第一義的にこの男が雷を自在に操る強力な魔術士であることを表すと同時に、理知的な見た目に合わない癇癪持ちであることを暗に示している。
痩身に纏う青灰色のローブや痩せた手には常に微細な紫電が走っており、無礼者は即決裁判で死なない程度の処罰をくだされることになる。
彼は会話を惜しむことでも有名であり、まともに会話できるのは魔術士ギルドでも同格以上に限られる。
"青獅子"のライレは彼が若年時に探索者をやっていた時の朋輩で、数少ない友人でもあった。
ライレの絡みがなければヴォールトほどの魔術士が多少栄えているとはいえ、グラムタのような地方都市への魔術士派遣に関わることなどなかっただろう。
「失望する結果にならない事を祈りますよ」
「祈っておいてくれ。俺は魔術士といやあお前さんと、後は戦場で敵として出会った奴らしか知らん。だから勘違いかもしれんが」
「が?」
「面白い見ものになる気がする」
「ま、貴方がそこまで言うならわたしが検分いたしましょう」
「頼むぜ」
「やれやれ……そこのあなた」
ヴォールトは白亜の廊下を向こうから歩いてきた若い魔術士にかかえていた冊子を放り投げた。
「え?ヴォールト先生?」
「一週間分の授業のスケジュールが書いてあります。なんとかしなさい」
「は??ちょ、ちょっとお待ちを!」
「あなた、八年生でしょう。直近のコマは魔術基礎のつまらん授業ですからかわりにやっておいてもいいですよ。いいですね?よし、これで代わりができました。行きましょう」
呆然とする学生に手を振って、ヴォールトはライレを促した。
「お前本当にひどいな」
「遠出するような案件をいきなり持ってくる貴方がひどいのです」
今日はホールにライレさんがいない。
なんでだ。困ったぞ。
他の人とは話したこともないんだ。
落ち着け、僕。
話しかけてもいい優しそうな人を探そう。
……
いないね。いるわけがない。
でもこのままでは依頼が受けられない。
いつもライレさんの隣で受付をしているお姉さんはどうだろう。
僕の顔を見たことはあるだろうし。
「すいません。ライレさんは今日はいませんか」
なぜだろう。お姉さんは固まっている。
「……ホール長は出張中です。明日には帰られると思います」
しばらくするとやっと小さな声で話してくれた。
そうか。今日はいないんだな。
「ありがとう。依頼を探しているんだけど」
「それでしたら、コープス・ハンドを狩られるといいと思います」
いつもと同じだなあ。
「わかりました。じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
僕が後ろを向くと、お姉さんが大きく息を吐いたのが聞こえた。
僕は嫌われているのかな。
なんだかもやもやするけど、しっかり狩りはしたよ。
呪石を持って帰ったら、お金はたくさんくれたし、存在値もライレさんよりむしろ多かった。
もやもやするなあ。
~お姉さん視点~
グラムタ市ホールで受付やってもう十年。
嫁き遅れだのドリーマーだの言われながらもついに来ました美少年探索者!
信じて待ったかいがありました!
辺境英雄物語にがっつり影響を受けて探索者に一番接するホール係に就職したはいいけれど、現実は厳しかった。
むさいおっさんしか来ぬ。
それがこの女の子と見紛う美少年!
"髑髏面"の二つ名だの、手がごついだの、そもそも全体のバランスがおかしいだの、不吉な雰囲気だの、些細なことですよ。顔だけでもいいんだ。
男色じゃないかと疑っているホール長に独占はさせはしない。
今日からは私の時代だ!