宿に泊まろう
夕方からは夜警の仕事もあるらしかったけど、受けるのはやんわり断られた。
どうしても討伐や駆除をしてほしいらしい。
「たっぷり稼いだんだし、ゆっくりしててくれや」
ライレさんはそう言って朝の約束通り宿の場所を教えてくれた。
「おおいぬ亭っていうんだけどな。場所はほれ、あそこだ。今日から行くって言ってあるから」
ホールと道を挟んで向かい側じゃないか。
場所がいいだけあってとても立派な、高そうな宿屋だ。
僕が探すとしても真っ先に外していただろう。
「安いところがいいですって言ったのに」
「安いさ。どうってことねえ。お!そういえば書類に目を通しておかないと!またな!」
ライレさんはわざとらしく忙しく歩き去ってしまった。
ああ、仕方がないな。
夕食どきでもあるし、他をあたっている時間はない。
初めての人と話すのはちょっと気が引けるなと思っていたら、宿の人がさっと寄ってきてくれた。
「グライムズ様ですね?ライレ様より伺っております」
さすが高級店だなあと感心してしまった。
「荷物をお持ちします」
「いえ、荷物らしい荷物はありません」
本当は"ファントム"に着替えた軍服だのを放り込んではある。明日になればきれいに臭いも取れているだろう。
でもそんなこと説明できないし。
「さようですか。ライレ様からは長期滞在されると伺っております。ご自分の家だと思っておくつろぎください」
結構変な事を言っている自覚はある。旅して来たはずなのに全く荷物なしとか、かなりおかしい。
でも宿の人は全然眉ひとつ動かさなかった。
すごいな。
「お食事はいかがなさいますか。一階のラウンジでおとりいただくことも、お部屋に運ぶこともいたします。もちろん外食される方も多うございます」
「へ、へやでおねがいします!」
「給仕をお付けしましょうか?」
「きゅうじ??いや、いらないです……」
僕はその場を逃げ出したくなってしまっていた。
夕食はとてもおいしかった。
こんな言い方しかできない自分が嫌になる。
何かの汁に漬けてから焼いた分厚い肉と見たことのないキノコと野菜が一番大きい皿に載ってて、ほかにも魚とかチーズとか、後は僕の知らないものもいっぱいあった。
ニータが「ろくなもん出来ないよ」って言ってたのはこういうのと比べてたんだろうか。
僕はなんだかつらくなってきた。
料理のほうが僕よりずっと上等な気がしてしまう。
自分の部屋以外だったら、途中で食べるのをやめていただろう。
おいしかったけど、とてもおかわりを頼む勇気はない。
「いろいろ足りてないなあ」
僕は上等なソファにちょっと居心地悪さを感じながら呟いた。
それでも存在値がそこそこ上がるのは純粋においしいからなんだろうな。
ぼんやりしていたら眠くなって、そのままソファで寝てしまった。