11.進撃のカーチャン
鬼の里へと向かう討伐部隊の前に、それは突如現れた。
大地を揺らし、山の陰から現れる巨大な影……。
「あ、あれはいったいなんだ?」
「まさか伝説の大妖怪……ダイダラボッチ?」
「いや……なにか違う気がするぞ……」
その巨人はこの世界の人には見慣れぬ格好……割烹着を着ていた。
頭はおばちゃんパーマ。
そう、我らがカーチャンであった。
「こんな妖怪がいるとは聞いていないぞ……」
「お屋形様、いかがいたしましょう? 兵たちは震えあがっております」
「なんとか気付かれぬよう迂回したいところだが……」
「あの妖怪の足元こそ鬼の隠れ里の入口のようです」
「なにっ!」
その巨人は鬼の里を守るかのように立っていた。
そして討伐隊に気がつくと……鼻に手を当て……。
「なんだ!? 水が飛んでくるぞ……みんな避難しろ!」
「うわああああああー!」
その水は討伐隊すべてを包み込む……が、怪我をしたり流される者はいなかった。
ただただ濡れた不快感が全員を包み込む。
その時、後方にいた風来人が何かに気づく。
「お、おい! あれはもしかして手配書が出てた妖怪じゃないのか……。人相書きとそっくりだ」
「ほ、ほんとだ……妖怪の恐れありと書かれていたが、こんな大物だったとは」
「か、金より命だ。俺は逃げるぞ」
正規の兵も、雇われた者たちもすでに戦意を喪失していた。
強大な敵を前に、自分たちの無力さを思い知るだけだ。
「退却しかないか……。鬼はあのような妖怪と手を組んだのだろうか?」
「お屋形様、あの巨人の手を見てください」
「む? あれは……鬼か……」
巨人は赤く角が生えた鬼を手に持っていた。
鬼はじたばたと暴れているようだ。
そして……それを口に運んだのだった……。
「た、食べた!?」
「あの大妖怪は鬼を倒しているようだ。ならば巻き込まれぬよう退却だ!」
全員が後ろ向いて走り始めた瞬間、強烈な地響きが襲った。
誰もが立っていられないほどの揺れ。
カーチャンの必殺癖、貧乏ゆすりである。
『あんたたち、争いは何も生み出さないよ!』
行動に伴っていないその言葉に、そこにいた全員が恐怖を覚える。
多くのものは死を覚悟した……。
『はい、じゃあ私に続いてみんなで言うんだよ。無用な争いはよくない。はい!』
「む、無用な争いはよくない」
『声が小さーい』
「無用な争いはよくない!」
言わなければ食べられてしまうという恐怖に駆られ、全員が声を合わせて巨人に従った。
『武器を捨てて生きよう。はい!』
「武器を捨てて生きよう!」
『いい妖怪とは仲良くしよう。はい!』
「いい妖怪とは仲良くしよう!」
『お母さんを大事にしよう。はい!』
「お母さんを大事にしよう!」
そして巨人は満足そうに頷いた。
『じゃあ帰っていいよ。でももう来ないようにね』
巨人が手を振るのを見ながら、討伐隊は岐路についた。
恐怖と脱力感の中……ある者は農業を始めようかと考え、ある者はたまには親孝行しようかと考えた。
「いったいあの妖怪は何をしたかったのであろうか……」
「お屋形様、100年前に現われたという伝説の大妖怪をご存知でしょうか?」
「うむ。妖怪の親玉を倒し、さらには妖怪を倒そうとする人間をも滅ぼしたと言われるあの大妖怪カーチャンか」
「あの謎の行動や言動……記録に似た個所があります」
「そうか……とりあえず帰ってお風呂にしよう」
こうして……鬼の里の平和は守られたのであった。
***
「……というわけで里の平和は守ったからね」
「お母様すごいです!」
僕と沙希ちゃんは朝食を食べた後、母さんの活躍譚を聞かされていた。
うーん……いったいどこまでを信じればいいのやら……。
とりあえず里が守られたのと、怪我人がいないというのは本当だろう。
他は……聞かなかったことにした。
「そんなわけで疲れたから、夕方まで眠るね」
「わかった、お疲れ様」
「あとこれ、わたがしのかばんを夜なべして作っておいたから」
「わあ……ありがとう。でも無理しなくてよかったのに」
「こういうのは古来から夜なべして作るものって決まってるの」
「そっか……」
わたがしのかばんはちっこくて可愛かった。
きっとサイズもぴったりなんだろう。
母さんにはなにかお礼をしないといけないな。
「ではお母様、お布団用意しますね」
「いいよいいよ、いつものところで寝るから。しゅわっち!」
「あ……消えちゃった。お母様って不思議」
実際どうしたかはなんであれ、かなり疲れているみたいだ。
今日は呼べなさそうなので、危険なことはしないようにしよう。
「タカシ君、今日はどうするの? どこか行くなら、わたしも一緒に行きたいな」
「そうだね……また土饅の町行こうかな。昨日はすぐ帰っちゃったし。なにか仕事探そうと思うんだけど、一緒に行く?」
「行く! お仕事ってことはお金を稼ぐんだよね」
「うん、お母さんになにかお礼を買おうかと思ってさ」
「あ、じゃあわたしもなにか贈りたいな。この里を守ってくれたんだし」
「じゃあ2人で仕事して、2人からのプレゼントにしよう」
「うん!」
というわけで予定が決まった。
沙鬼ちゃんはまた人間に化け、わたがしも呼びだした。
「わたがし、かばんできたぞ。はい、背負わせてあげるね」
「もきゅー! ぴったりだもきゅっ」
「わたがし可愛いくなったよー」
わたがしのかばんに干した野草を入れて、準備ばっちりだ。
「でもわたがし、自分でかばんから草取り出せないかな?」
「大丈夫もきゅー。わたがしね、触ったことがある草が近くにあれば操れるの。えいっ!」
「おおっ!」
わたがしのかばんが開き、そこから草が飛び出してきた。
どんどん器用に成長していくんだなあ。
「よーし、じゃあ今日も冒険に行こうー!」
「行こうー」
「いくもきゅー!」
わたがしは僕の肩に乗り、早駆けの術を使って土饅の町まで走った。
ほんと便利だなあ。
さっそく旅人長屋へと行ってみると、なんだか人が少ない。
鬼の里討伐にたくさん同行したからだろうか?
母さんの手配書がどうなったか気になるので、そこから見よう。
「なにか豪華になってるね。沙鬼ちゃん読んでくれるかな」
「えっと……大妖怪カーチャン現る。妖怪退治の際は注意し、見られたらすぐに逃げること。お母さーんと叫びながらだと逃亡しやすい……って書いてあるよ」
「そっか……」
一昨日妖怪扱いされて、今日は大妖怪に出世かあ。
てゆうかさっきの作り話と思っていた部分に本当のことが混ざっているようだ。
「なんだかお母様に申し訳ないな。鬼の里から人目を避けるためにわざわざ悪人になってくれたんだよね。鬼を食べる振りまでしてさ……」
「鬼食べたのも本当なんだ……」
「うん、あれわたしのお父さんのだよ。昨日の夜、大役を引き受けたってはりきってたから」
「大丈夫だったの?」
「あれ……? そういえば今朝見てないや」
まさかとは思うけど……出し忘れてないよね?
昔母さんが人間ポンプに挑戦し、そのまま帰ってこなかった金魚を思い出した。
「と、とりあえず母さんは気にしてないと思うよ。」
「そっかぁ、お母様って立派な人だよね」
「うん、じゃあ仕事探そうか」
すでに人じゃない気もするけど、深くは考えないことにしよう。
さて、野草取り以外で出来る仕事はあるかなあ。
「すみません、簡単な仕事を探しているんですが」
「えっと……簡単なわけではないのですが、今配達の仕事がたまっておりまして……可能であればお願いできないでしょうか?」
「配達……どこまでですか?」
「水煎の町……地図ではこのあたりになります。道なりなので迷うことはないと思います」
地図を見るとそこそこ遠そうだが、土地勘がないのでよくわからない。
「沙鬼ちゃんどう思う?」
「そうだね……。早駆けの術があれば2時間くらいで行けると思うよ」
「あ、そういった術が使えるのですね。ぜひお願いできないでしょうか? 今人手不足で、大変困っているんです。報酬は弾みますので」
「じゃあやってみますね」
若干不安ではあるが、沙鬼ちゃんもいるし大丈夫かな。
おいしそうな仕事なので、ぜひやってみよう。
「ありがとうございます! では説明させていただきますね」
目的地は水煎の町の旅人長屋だ。
もし途中で荷物をなくした場合、戻るか進むかして報告に来ないといけないらしい。
原因が妖怪であった場合、改めて対策を考えるそうだ。
命にかかわる危険がありそうな場合、無理せず逃げろと言われた。
「それではよろしくお願いいたします」
「じゃあいってきます」
というわけで荷物を預かって出発。
配達物は、小包やら手紙やらのようだ。
結構な量があるので、気分は郵便屋さんだ。
荷物は僕が担ぎ、沙鬼ちゃんには地図を見てもらうことにした。
わたがしは、ダッシュで疲れる僕たちを回復しようと張り切っている。
さあ、新しい町へ向けて冒険だ!




