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01.出でよカーチャン

 なんだかよくわからない空間にいた。

 さっきまで病院のベッドで寝てたはずなんだけど……夢かな?


「こんにちは、タカシ君」


 急に頭の中に声が響いてきた。

 いったいなんだろうか?


「だれ?」

「私はそうね……神様とでも言えばいいかな」

「はあ……。その神様がなんの用でしょう?」

「まずつらいことを伝えるわね。あなたは死んでしまったの」


 僕は死んだ……。

 病院でもう長くないと言われていたのを思い出す。

 母さんがずっとそばにいて泣いていたっけ。

 ごめんね母さん……僕先に死んじゃったみたいだ。


「じゃあここは死後の世界なんですか?」

「違うわ。実はあなたにもう1度生きるチャンスをあげようと思っているの。今までいた世界とは違うけど……あなたには使命があるの」

「使命って……?」


 病院のベッドでたくさんの小説を読んだことを思い出す。

 死んだあと異世界へ転生して、新しい人生を送る物語だ。

 その中には勇者になって世界を救うのもあったなあ。

 ちょっとだけ憧れていたことが叶うのか。


「あなたの使命はね……幸せになることよ」

「え? それだけ?」

「うん。でも簡単そうに思えて意外と難しいのよ。それを成し遂げるための力もあげるわ。あなたは今日から召喚士よ」

「召喚士……」


 強い獣とかドラゴンとか呼びだせるのかな?

 なんだかわくわくしてきた。


「本来なら赤ん坊からやり直してもらったりするんだけど、あなたはそのままの姿で異世界に行ってもらうからね」

「え? はい……大丈夫かな」

「大丈夫。じゃあ……がんばってね。あ、言葉はわかるようにしておくからねー」


 神様がそう言うと、なんだか眠くなってきた。

 なんだか説明不足のような気もするけど、ちょっとだけ楽しみかもしれない……。



   ***



 ふと気がつくと、目の前に青い空が広がっていた。

 どうやら僕は草原に横になっているようだ。

 ここが新しい世界なのかな。

 僕は思いきって立ちあがってみた。


「なんだか体が軽いや。走っても平気なのかな」


 僕は小さいころから病弱で、入退院を繰り返していた。

 だから運動なんてほとんどできなかったんだ。

 でも今は違うみたいで、健康な体を手に入れることができたようだ。

 それがあまりにも楽しくて、夢中で走ってみた。

 あ、向こうの方にウサギがいるぞ。


「おーい、遊ぼうー」


 ウサギは僕に気づくと、びっくりした顔で慌てて逃げ出した。

 追いかけたら不思議な世界に続く穴に落ちたりするだろうか?

 ウサギを見つめながら夢中で走っていると、大きな影がウサギをつかまえた。

 大きくて赤い体、頭には角が生えている……あれは鬼?


「ぐふふふふ、今夜はウサギ鍋だ。おや……人間の子供がいるぞ」

「今日はご馳走だな」


 鬼は2人いるようで、僕を見て物騒なことを言っている。

 あのウサギだけでなく、僕も食べられちゃう?

 異世界ってこんな怖いのがいる場所なの?

 僕は慌てて逃げようとしたけど、あっさり捕まってしまった。


「離して、離してよー!」

「ぐふふ、活きのいい子だ。しかしちょっとうるさいな」

「そうだな、そんなんじゃ長生きできないぞ」


 力では敵わないとわかっていても、暴れずにはいられない。

 そのせいで、僕が着ていた長袖Tシャツの裾が破れてしまう。

 鬼がそれを見て何か驚いたような顔をしている。


「なんだこの模様は? もしやこいつ……式神使いか?」

「こんな子供がか? だとすると厄介だぞ」


 僕の左腕には、入れ墨のように『母』という文字の模様があった。

 いったいなんで? と思いつつ、僕は助けを求めて叫んだ。


「母さーん! 助けてー!」


 そう叫んだ瞬間、僕の腕の文字が光り出した。

 そこから光の玉が飛びだし地面に落ちる。

 そして、魔法陣のようなものが地面に描かれた。

 いったい何が起こるのか見つめていると……。



挿絵(By みてみん)



「呼ばれて、飛び出て、ハハカチャーン」


 よくわからない言葉と共に、魔法陣から人が現れた。

 というか……母さん?

 見慣れた割烹着を着て、頭は特徴的なおばさんパーマだ。

 召喚士の力って……これ? なんか違う……。


「なんだこいつは?」

「よくわからぬが……弱そうな女だ。とりあえず気にするまい」

「あれー? ここどこだろう?」


 母さんは今の状況が飲み込めないのか、きょろきょろしている。

 不思議なことは起きたけど、ピンチなことには何ら変わりないようだ。


「母さん、危ないから逃げて!」

「あれ? タカシ!? タカシじゃないか! その赤い人達は……? あああっ! タカシになにしてるんだいっ!」

「ぐふふ、人里離れてこんなところにいる子供を叱ろうと思ってな。お前が保護者か?」


 ようやく母さんは状況を理解したようだ。

 でも……僕をつかんでいない方の鬼が母さんにつかみかかろうとしている。

 あんな強そうな鬼に母さんが勝てるはずがない。


「さあ、早く退散してもらおうか」

「ふんっ。そおいっ!」

「うぎゃああああ!」

「なにっ!?」


 信じられない出来事が起きた。

 つかみかかった鬼の手を母さんがあっさり受け止めたと思ったら、そのまま鬼を軽々と投げ飛ばしたのだ。

 僕が召喚したから、実際の母さんとは違うのだろうか?


「さあ、次はあんただよ。タカシを離しな」

「ぐぬ……その小さき体になぜそのような力が。だが、お前が動けばこの子がどうなるか……」

「そんな悪いこと言う子にはこうだよ!」

「ぬおおっ! か、体が動かん……」


 母さんの目がキラっと光ったかと思うと、僕をつかんでいた力が弱まった。

 これなら抜け出せそうだ。

 母さんの元へと駆け寄る。


「母さーん、怖かったよー」

「よしよしタカシ、もう大丈夫だよ。ちょっとあいつらにお説教するから待ってな」


 そう言って母さんは、向こうにに吹っ飛ばした鬼をひっつかんで連れてきた。

 そして母さんの前に正座させられる鬼2人。

 変な光景だなあ。


「あんたたち、なんでうちのタカシに手を出したんだい」

「それはその……我々の里に人間が近づいているので追い払おうと……」

「ふーん、タカシを食べようとでもしてるように見えたけどね」

「そ、そんな滅相もない……。人間を食べたりなんかしませんって。ただ、最近人間がこの辺りまで来て我らの食料となるものまで持っていって困ってるんです。だから脅して帰らせようかと……」


 鬼2人は完全に怯えているようだ。

 母さん強いなあ……でもどうせならもっとかっこいいのを召喚したかった、という気持ちが否めない。


「ほんとかねえ。被害が出ないうちにあんたたちは懲らしめておこうか」

「それはお許しください! 里では子供や女たちがおなかをすかせて待っているんです」

「子供……それがほんとなら見逃してあげるけどさ」

「ありがとうございます! これからは絶対人間を襲わないようにします」


 鬼に子供がいると聞いた瞬間、母さんが僕を見て優しい笑顔になった。

 鬼が母さんを騙そうとしてるんじゃないかと、ちょっとだけ心配だ。


「それよりあんたたち、おなかすいてるんだったらさ……そこらにたくさん生えてるじゃないか」

「え?」

「ほらこれ、わらびだよ」

「これって食べられるんですか? 一度試してみたらすごくまずかったような……」

「食べ方があるんだよ。じゃあ教えてあげようかね」


 そう言って母さんは、どこからともなくカセットコンロや鍋を取りだした。

 あ、いきなり火がついたことに鬼が怯えている。


「こ、これは妖術? この見慣れぬものはいったい……」

「それはいいからさ、まずアク抜きってのをするんだよ。お湯にこの白い粉を入れてね……。なかったらお米のとぎ汁とか……」

「ふむふむ……」


 母さんが料理を始めてしまったので、僕は鬼から逃げ出したウサギと遊ぶことにした。

 鬼は料理に夢中になっているので、この子も無事に逃げることができそうだ。

 さっきは僕から逃げたウサギだけど、今はなついてくれている。

 飼っちゃいたいなあ。




「こ、これはうまい!」

「そうだろう。これたくさん集めてみんなで料理してお食べよ」


 しばらく遊んでいると、料理は無事終わったようだ。

 鬼達は感動しているようだけど、母さんはいろんな調味料を取り出して味付けをしている。

 あれらを鬼は持ってないだろうから、同じ味にはできないだろうなあ。

 あ、料理用の白い粉を少し分けてもらっているようだ。


「ではさっそく里のものでわらびを集めることにします。お名前を教えていただけますか?」

「うーん、名乗るほどのものじゃないけど……わらびもちってことにしておこうか」

「ではわらびもちさん、ありがとうございました!」

「はいはい、もう悪さしないようにね」

「はい!」


 そして鬼達は去って行った。

 母さんは調理道具をまたどこかへしまっている。


「母さん、お疲れ様」

「あ、タカシ。ほったらかしてごめんね。なんにせよ無事でよかったよ」

「うん、ありがとね。助けてくれて」

「当然じゃないか。それにしても元気そうで良かったよ……」

「うん、でもごめんね母さん。僕……死んじゃったんだよね?」

「そうだね……」


 母さんは僕を抱きしめてきた。

 母さん泣いてるのかな……。


「タカシ、母さんが頼りなくてお前を助けられなかったんだよ。ごめんね」

「いいんだ。こうやって新しい世界で生きていけるみたいだし、母さんにも会えたしね」

「うん……母さんも嬉しいよ。あ、でももう時間みたいだ……」

「え?」


 ふと見ると、いつの間にあったのか……母さんの頭の上で赤いランプのようなものが点滅している。


「タカシ、母さんはもう帰らなきゃいけないけど……しっかり生きていくんだよ」

「え? も、もうお別れなの? 僕一人じゃ不安だよ」

「大丈夫。あんたならやっていけるさ。母さんの子供なんだから」


 そう言って、僕を抱きしめたまま母さんは消えていった……。

 悲しいけど……考えてみると僕が死ぬ時はお別れも言えなかったんだ。

 だからきっと、これでいいんだよね?


 ふと腕を見ると、『母』と書かれた模様はそのままだ。

 これはもしかして召喚するためのなにかなのかな?

 だとすると……。


「母さん、召喚!」


 またしても魔法陣が現れ、そこに人影が……。


「あ、タカシー。また会えたね」

「母さん、送還……」

「あーれー……」


 さっき感動の別れを済ませたのに、すぐ会えちゃうんだな……。

 とりあえず、今のはなかったことにしよう。


 母さん……僕この異世界で頑張るからね。

 遠いところから見守っていてください!

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