69話
その日の朝、世界中に鐘の音が鳴り響いた。
ゴォオン――……ゴォオン――……
神々しく荘厳な音色に誰もが空を見上げる。
そこには、朝焼けの空と同じ色をしたクリスタルの鐘が揺れていた。
この世界の新たな変化、新たな試練の訪れを告げる時の声である。
そう、この日、世界に新たなダンジョンがオープンしたのだ。
鐘の音が鳴り響く空に、世界の地図が投影され、ダンジョンがオープンした場所が強く光る。
王城の書記官が。
ギルドの専門家が。
一攫千金を企む商人が。
立身出世を目指す冒険家が。
未来に夢を馳せる子供が。
様々な人間が地図を書き留め、新たなダンジョンの場所を記録していく。
ダンジョン。神が人間に課す試練。
知恵と武勇を試され、見事踏破した者には大いなる名誉と富が約束された場所。
新しい試練に向けて、今、世界中の人間が殺到しようとしているのだった。
◆◆◆
「へぇ~、あの朝の全世界規模の目覚まし時計はそんな意味があったのか」
朝食の席で俺は間抜けな声を漏らした。
朝っぱらからゴンゴン鳴り響く鐘の音で叩き起こされ、ふざけんなコノヤロウと文句を言ってたらスバルさんが教えてくれたのだ。
あれはダンジョンが世界のどこかでオープンした知らせです、と。
ウチのダンジョンもオープンする時はああやって世界中にそれを知らせるんだってさ。
俺は見てなかったんだけど、飛び起きて空を眺めていたポーラ曰く、地図まで現れて場所を示す丁寧さだったらしい。
場所までモロバレにされるとは前々から聞いていたけど、エグいよな。挑戦者がワラワラと集ってくる上に、ダンジョンとして相手を奇襲できないってことだもんな。当然居留守も使えない。
「そのダンジョンって何処だったか分かるか?」
「すみません、地図、ということまでしか分からなかったです」
「んん、大丈夫大丈夫、ちょっと興味本意で聞いただけだから」
今日の朝食はベーコンエッグとサニーサイドエッグ、トースト、それにコーヒーです。
朝からガッツリ食いたい派の俺はスバルさんとポーラに比べて二倍近い量を盛ってある。
コーヒーのカップも品がないくらいデカイ。
ちなみに卵は、鐘の音で早起きを強要された俺が、島の烏骨鶏っぽいモンスターから掻っ払ってきたもの。キャベツは同じく島に生えていた野草の一種だ。
食用になることは確認済みなので安心です。
料理したのは俺……ではなく、スバルさん、でもなく、ポーラとデスピナだ。
ポーラは最近料理に目覚めて来ている。以前一緒に食べたサンドイッチがきっかけになったのだとか。
何故デスピナが共にキッチンに立ったのかと言えば、デスピナの部下サハギン達がまだ全員進化しきっていないので本格的な訓練を始められず、暇な時間が多いので俺たちのことを手伝って貰っているのだ。
メイドさんな格好だしね。格好に反してメイドスキルは低かったが、これから覚えていけば良いんだ。
焼きすぎ、生焼けは俺が食べるから心配するでない。
うむ。美味い。
「ワダツミ様、新規オープンのダンジョンですが、以前此処に来たマナー違反達の暮らす国に近いようですね」
「ほほぅ、そりゃつまり、その国が得してるってことか」
「そうなりますね。多くの人がダンジョンに挑戦しに訪れる訳ですから、一気に潤うでしょう」
そうなると、しばらくはそのダンジョンに釘付けになるだろうから、あと八ヶ月くらいでオープンするウチにはあんまり目がいかないかな?
あの海賊達も新規ダンジョンの流れに乗るかもしれんし、下手したら交易の話は当分後回しか、最悪お流れかなぁ。
「逆のパターンも有り得ますよ。国が潤い、人が溢れるということは、此方に目を向けるだけの財力が手に入るということでもありますから」
「ウチは海のど真ん中だからな、まず船がいるもんな」
一人で運転できる車とは違い、多くの人間で操作しなければならない船は、維持費の他に人件費もかかる。お金がそれなりにかかる訳だ。
その上制作費、製作期間が大がかりになりやすいし、海とはいえ大きく場所も取る。
ウチのダンジョン、貧乏な方が一攫千金大逆転を狙うには少し厳しい立地ですのよ。ブルジョワしか相手にしておりませんの、オホホのホ。
「飯を食いながらで悪いが、今回の新規ダンジョンオープンの件で気になるところを話し合っていこうと思う」
「構いませんが、口の中のものを飲み込んでから発言して下さいね」
「はいよ」
おずおずとポーラ手を上げた。
「あの、気になったのですが、たくさんの人がダンジョンに入ったら、ダンジョンもパンクしちゃうんじゃないですか?」
「通常、ダンジョンには準備期間が設けられていますからオープンしたばかりと見て飛び付く浅はかな者は早々に淘汰されるのですよ」
スバルさん、サラッと怖いこと言うな。
それって、浅はかな方がみんなDPになっちゃってますよね?
まぁ、俺も此処での生活をぶち壊そうとする奴をDPに変換するなんて当たり前だと思うけど。
最近、此処の皆が大事になりすぎている気がするね。悪いことだとは思わないけど、いざダンジョンに挑戦者が来たら戦いに向かわせられるか?
人間を捨てたつもりもないから、挑戦者をサクリと殺すことにも抵抗を覚えそうだ。
今の俺は少し迷いそうです。
「世界中の人間が集まるって言っても、一度に全員が来れる訳じゃないしな。移動時間だってマチマチだから、ダンジョンが飽和する規模の挑戦者は来ないだろ。他の国にだって、もっと近くに手頃なダンジョンがあるかもしれないしな」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
「なんか分からないことがあったらデスピナも遠慮なく聞けよ?」
「はい。そのように致します」
スッと華麗に礼をするデスピナ。本当、格好と動作だけなら一流に見えるな。
「ワダツミ様、私は少し懸念していることがあります」
「スバルさん、なんでしょ?」
「もしも交易が成ったとして、オープン前から外と交流を持っていることを新ダンジョンを攻略しに来た人間に感付かれないでしょうか?」
「オープンするまでは打ち合わせで、オープンからが開業だと思っていたけど……。交流がバレれば、下手したら此処にダンジョンがあるって教えるようなものになってしまう、ということか」
「そうです。もしも新ダンジョンから溢れた者達が此方にまで目を付けるようでしたら……、特に商人達との打ち合わせ際に攻め込まれたら、少々面倒なことになるでしょう」
そこまで計算付くで俺たちのこと殺そうとしてくれるなら、逆に有り難い。
そいつらを殺すときには罪悪感や躊躇いを覚えなくて済みそうだ。
いくら俺でも、敵を優先して味方を蔑ろにするなんて馬鹿なことしたくないしね。
そう伝えると、スバルさん達は嬉しそうに笑った。
「そうとなれば話は別ですね。是非にも襲ってきてほしいくらいです。今すぐにでも」
「スバルさんは俺に人殺しをさせようと考えてませんかねぇ……」
「ご主人様、差し出がましい様ですが、こういうことは早めに済ませてしまった方が良いものですよ」
……まぁ、配下モンスター達に魚を狩らせたりしてるしね。俺だけ同族殺ししないのも……って、いかんいかん、ちょっと思考が殺伐としてきたいたぞ?
爽やかな朝食の席で人が人を殺す話をするなんて不健康です、お父さん許しませんよ!
……避けられないってのは分かっているからね、やるべき時が来たら、やるさ。




