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68話




 ここ最近スバルさんの機嫌がいい。


「ワダツミ様、もう大分働いていますよ? そろそろ休憩に致しましょう」


 俺がきっかり六時間働くと、にこにことそう話しかけてくるのだ。

 にこにこと言っても、スバルさんはあまり表情が変わらないのだが。雰囲気が明るいのでそれと分かるのだ。


「あー……、輸出品の目玉になりそうなものがオクトリッドから提出されてて、それをこれからテストしに行くんだけど……」

「いけません。お仕事も勿論大事ですが、体を壊してしまえば元も子も無いのです。大丈夫ですよ。済ませられる仕事はあの子達が済ませてくれますから」


 スバルさんが振り返った先では仕事机に座って延々と書類を捌いている配下達の姿が。

 カロン、エウロパ、ネレイド、そして期待の新人のデスピナである。


 ネレイドとデスピナはデスクワークを修得してしまったため、俺とスバルさんの補助という名目で仕事を手伝わされている。

 デスピナは黙々とこなしているが、ネレイドが心配だ。さっきから机に突っ伏して動かない。綺麗に結い上げた髪がほどけて海面に繁茂した黒い海草みたいになってるんだけど。

 あ、元々海草か。


 エウロパは輸出品を充実させるという名目で乱開発を行い、書類をバカみたいに量産した罪でデスクワークとなった。

 最初は半泣きだったが、いまは死んだ魚のような目をして機械的に書類を捌いている。

 自業自得なので同情はしない。


 謎なのがカロンだ。別に頼んでもいないし、部下との訓練もあるはずなのだが、『ワダツミ様の御体が心配で』とか言ってほぼ無理矢理デスクワーク組に入り込んでいる。

 だがやはり慣れない仕事に四苦八苦しており、効率化の手段でも盗もうというのか、時おりデスピナをちらちらと横目で見ていた。

 堂々と聞けば良いものを、何故かそうしない。いつものカロンらしくない。

 だが、俺が口出しする問題じゃないからとスバルさんに釘を刺されたので、黙っていることにする。


 スバルさん、配下の成長を促すといっても、突き放しちゃいけないんだぜ?

 せっかくのご機嫌を損ねたくないから黙ってるけど。


「ポーラが頑張って昼食に挑戦したんですよ、保護者として食べてあげましょう」

「あぁ、そういうことなら、先に食事にしようか」


 ポーラも最近は活動的だ。色んな事に挑戦している。このダンジョンに来たばかりの頃とは比べ物にならないくらい明るくなったよな。


 スバルさんの機嫌がいいのは、それもあるのかね?


「最近は周囲の海も穏やかですし、配下達も順調に育っています。フォボス達の頑張りで魔冷泉の源泉をダンジョンに引くこともできました。ワダツミ様、ようやくダンジョンが軌道に乗り始めたのですよ」

「最初は酷かったもんなぁ、気がついたら海蝕洞窟で、ハサミムシに襲われてさ」


 記憶もなくて、いきなり360日でダンジョンを仕上げなくちゃいけないって状況だったもんな。

 我ながらよくやってるよ。


「ま、それもこれも全部スバルさんが居てくれたからだけどな」

「私の人化とエンケラドゥスの幼児化にはやはり未だに思うところがありますが、私こそワダツミ様が居てくれたからですよ」


 なんだろう、この熟年夫婦のような雰囲気は……。

 もうゴールしそうな空気。

 あれ? 俺たち結婚してたっけ? 一蓮托生って意味ではかなり結び付いているけどね。


「ダンジョンオープンまで残り250日です。もう110日も共に過ごしたのですね」

「かなり濃い110日だったなぁ。俺もなかなかダンジョンマスターらしくなってきたんじゃないの?」

「ふふふ、それはどうでしょう? まだ挑戦者を数グループ撃退しただけですよ?」

「オープンすれば幾らでも撃退してやるさ」


 来ればだけど。

 こっちは人間側と交易をしようと目論んでる訳だからねぇ。マジで攻略されそうになるのは困るんだよな。

 まぁ、少なくとも取引相手は俺たちのことを守りたくて仕方がなくなるようにしてやるから、そう簡単には攻略されてやるつもりはないけど。


 このダンジョンは立地的に来るのが難しい。普通の人間なら船が無ければ不可能だし、魔法で潜航、飛行してきても一応備えはある。

 ここで取引相手に働きかけて政治的にも攻略を困難にできれば、ダンジョンの防衛力は更に高まるだろう。


 うむ、圧倒的ではないか我が軍は! 着々と強くなっていくダンジョンを見るのは気分が良いな。


「あ、それで思い出した。踏破前提の相手を完全に撃滅するダンジョンを作ろうと思うんだけど、どう思う?」

「人間をですか? ワダツミ様が宜しいのなら、いきらでも。ダンジョンコアである私にとってはケーキも挑戦者同じですので」

「んじゃあそうするわ」


 あとやってない仕事って何かあったっけ?


「ワダツミ様、また仕事を始めていますよ? ポーラの手作り料理には集中してあげて下さいね」

「おっけー、勿論。ポーラが頑張ったご飯を心ここに有らずで食べたらバチが当たるってもんさ」


 いやぁ、本当に。

 こんなに順調でいいのかな?


 スバルさんもご機嫌だが、俺も相当浮かれているな、こりゃ。





◆◆◆





「ようやくか……」


 アーミテイジ商会の長であるオルロフ・アーミテイジは自分の船を見上げて感慨深くため息を吐いた。


 老齢を理由に海から降り、商会長として仕事を続けてきた。

 剣の代わりに舌を使う商人同士の戦いも面白いことは面白いし、心が踊ることもあるのだが、やはり潮の匂いには勝てない。


 これから船に乗り大海原に漕ぎ出し、未開のダンジョンを目指すのだと思うと、さらに心は沸き立つようだった。


「俺と同じロートルだが、まだまだ良い面構えじゃねぇか、なぁ? 『鮫』よぉ」


 大海賊オルロフ。隻眼のオルロフ。鉄を奏でる者オルロフ。様々な異名で呼ばれ、海という海を荒らし回った男の船が、目の前のフリゲート艦『全ての鮫の父』である。

 かつての子分であった『鮫殴り粉砕傭兵団』の『ソリンの黒髪』。『青塩党』の『青き高波』。『夜鳴き妖鳥女ハーピー』の『誘う歌声』。三つの船団を引き連れた『全ての鮫の父』が現れれば、国さえ滅ぶと言われたほどだった。


 長年の海から離れていた時間が嘘のように、海風が体に活力を与えてくれる。

 またコイツと暴れられると思うだけで、笑み崩れて止まらないのだ。


 残念なことがあるとするならば、乗組員はかつての仲間ではなく今回雇った水夫達である、ということと、『全ての鮫の父』の旗は外して商船として運航しなきゃならないということだった。

 かつての仲間の殆どが海の藻屑か冷たい墓土の下だ。生きてる奴もいるが、棺桶に片足突っ込んだ連中ばかり、とてもじゃないが未踏破ダンジョンとの交渉などという不確定要素ばかりの航海には付き合わせられない。


 まぁ、声をかえれば100%着いてきただろうが。

 みんな陸の上で死ぬことを悔いるような奴等ばかりだ。

 そう言う自分も、死期を迎えたら船に乗って海に漕ぎ出した先で死のうとずっと思っていた。


 それが、死ぬ前にこんな面白いことが待っているとは思わなかった。それも、また『鮫』に乗れるなんて。


「長生きはするもんだよなぁ……」


 思わず呟いた言葉を、厄介な連中に聞き咎められたようだった。


「何をしみったれこと言ってんですかい、旦那」

「死ぬなら給金全額払って商会の権利を俺に譲ってからにしてくれ」

「爺さんはまだ死なないよ。ま、死んだら死体は『鮫』に乗せて沈めてやるよ。それが親父の遺言だしね」


 『鮫殴り粉砕傭兵団』団長イングヴァー

 『青塩党』総長ヴィゴ

 『夜鳴き妖鳥女』船長ボルグヒルド


 かつて仲間だった男達の子供だったり後継者だったりする奴等だ。

 オルロフからしてみればまだまだ甘い乳飲み共だが、今の若い衆からすればそれなりに恐ろしい海賊らしい。

 アーミテイジ商会に雇われているので、海賊ではなく私掠船団ということになるのだが。


「馬鹿言ってんじゃねぇ乳飲み共、まだまだ死なねぇよ。この海にゃ面白いことがまだたっぷりあるみてぇだしな」


 水夫達が『全ての鮫の父』に物資を運んでいくのを横目で見ながら、オルロフは獰猛に笑った。



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