40話
海蝕洞窟を利用したダンジョンの奥深く。広々とした空間に大きな机と、それを取り囲むように幾つもの椅子が置かれていた。
洞窟内ではあるが薄暗さはなく、白熱電球のような明かりが広い空間を煌々と照らしている。
これはサルガッソが提供し、オクトリッドが品種改良した『フィラメンティア』という海藻類の一種であり、暗闇の中で空気に触れると卵状の茎部の中でバクテリアが発光するというものだった。
岩場でも海水で湿っていれば簡単に根付くので、このダンジョン内の光源として重宝されているのである。
椅子に座っている人影は四つ。
ダンジョンコアでありマスターの補佐を常日頃行っている『スバル』
ダンジョン内最大の戦力であり、工事から巡回まで力仕事をこなすブルーサハギンのリーダー『カロン』
彼の背後には先日レッドフィッシュからレッドギルマンに進化し、ダンジョンマスターに名を授けられた『フォボス』が控えている。
その対面には、資源調達を一手に引き受ける傍ら、調合・錬金と魔術研究を続ける頭脳集団、オクトリッドのリーダー『エウロパ』が座る。
最後に、カロンが拾ってきた獣人の少女であり、現在なぜこの場にいるのか理解できていない、淀んだ目の『ポーラ』
この場にいる者たちは各種族の代表であり、人化を果たした幹部たちである。
ポーラ以外は。
自分が場違いであることには感づいているのか、ポーラは小さい体をより一層小さくしていた。
「これより、第一回ダンジョン会議を始めます。第一回ではありますが、議題の都合上、マスターには席を外して頂いております。今回の議題は『我らがマスターに相応しい名を!』です」
拍手などはなく、厳粛に会議が始まった。
此処にいる幹部全員が、この会議の重要性を共有しているのだ。
だが、発言は無い。
会議など初めての試みであり、どうしたらいいのか誰も分からないのだ。
エウロパ、カロンの二人は黙したままスバルを見つめていた。
スバルは二人の視線を受け、小さくため息を吐く。
肉体労働派のカロンだけでなく、頭脳労働が主なエウロパも困っているようなのだ。
主の名前を決めろ、というのだから戸惑って当然かもしれないが、このままでは話が進まない。
まずは思考の方向性を決めてやらねばなるまい。
「マスターは我らの名にマスターの世界の星の名前を付けて下さいました。ですから、マスターには私達の世界の星の名前を贈りたいと思うのですが、如何でしょう?」
「大変素晴らしい御意見ですわ。私たちと主様の繋がりを示すためにも、この世界と関わりのある名前が良いでしょう」
エウロパが、スバルの意見に我先にと便乗する。
出遅れたカロンは少し悔しそうだ。
ブルーサハギンとオクトリッドは、仲が悪いと言うわけではないが、陰で競い合うような所があった。
「では、私は世界を輝き照らす太陽を意味する『ソレイユ』が相応しいと思うのだが?」
負けじとカロンがそう言うが、エウロパは鼻で笑った。
「馬鹿ね、主様は『大海魔法』という偉大な水魔法を使うのよ? 太陽って火の塊なんですよね? それに、此処は海を中心としたダンジョン。火は似合わないわ」
カロンの後ろに控えていたフォボスが眉を潜めた。
彼らレッドサハギンは、ドラゴンの血肉を取り込んだことにより、炎への適正を手に入れた者達だ。
火は似合わない、と言われて良い気がする筈がない。
彼らが侮辱されれば、上司であるカロンが黙っている訳にはいかない。
ただ自分の意見が却下されるだけならばやり返す必要は無かったのだが、余計な一言を添えてくれたものだ、とカロンは内心ため息を吐くのだった。
「では、エウロパ殿はより良い案があるのでしょうな。まさかスバル様の御意見に頷くだけの能無しでは有りますまいな?」
「と、当然です。私は……そうですね、『オケアノス』という名が良いと思いますわ」
「ほほぅ、それはどんな意味ですかな?」
「伝説の海よ。世界を取り囲む大海のことね」
「……星々から取るという話はどうなったのです?」
「うぐ……ッ!」
呆れたようなカロンの言葉に、今度はエウロパが悔しげに唸る。
「静まりなさい」
びしり、と空気が凍り付くような冷え冷えとした声が響いた。
「此処はあなた達の優劣を決める場ではありません。無駄なやり取りを持ち込む恥知らずの考えなし共、若さゆえと思って見逃していましたが、これ以上騒がしくするならば出ていってもらいますよ」
スバルが鋭くカロンとエウロパを睨み付けた。
実力で言えば二人に到底及ばないスバルではあるが、ダンジョンコアという立場は、それだけでダンジョンモンスターよりも上なのである。
「も、申し訳ない……、いささか興奮し過ぎていたようです」
「はい、スバル様、すみませんでした」
自分達の対抗心で会議を妨害していることに気づき、カロンとエウロパは素直に頭を下げる。
「こんな感じでマスターの御名前など決まるのかしら?」
マスターの名前を決める、というのは、配下にとってとてつもない重圧であるとともに、とんでもない名誉である。
誰もが自分の考えた名を使って頂きたいと考えている筈だ。
そしてもしも実力行使で意見を通そうとした場合、ダンジョンコアであるスバルに意見できるモンスターはいない。
一度叱責したことで、彼らが萎縮しなければいいのだが……。
それに、今回の目的は、彼女なのだ。
スバルは未だ一言も発しないポーラに視線を向けて、なんとか言葉を引き出すように考えるのだった。




