最後の判断(最終回)
菜乃はどうしようもないと思った。
余程のお節介とは、どれくらいお節介を焼かなければならないのか、それが想像出来なかったからである。
菜乃は色咲に他言はしないと言ったが、理事長であるあの人はあの話を聞いていたに違いないと思っている。そもそも、あの人がここの学園内でわからないことなどないもないのだから。
「雪代くん、席を外してくれるか?
お客様が来るんだ」
にっこりと笑う由紀。
そんな由紀の表情に、不思議そうな表情を浮かべながらもコクンと頷いて、書斎から素直に出て行く雪代を見て、申し訳なさそうな表情へと変わり、不意に窓の外を眺める。
しばらくすると、コンコンとドアを叩く音がして由紀はその人物を自分の書斎に招き入れた。
「やあ、久しぶりだね。色咲瑠衣さん。復讐は果たすことは出来なかっただろう? 初めて会った時、そう言ってあげたはずだ。学園に編入させるんだ、君が今までしてきたことを調べていないはずがないだろう?
それでも何故、君をこの学園に編入させたと思う?」
にっこりと微笑みながら、由紀はそう聞いた。その質問の意図がわからない色咲は何も喋らない。
そんな色咲を見て、由紀は、
「復讐を終わらせてあげるためだよ。わかるだろう、復讐したって失うばかりだと言うことはね。
だから、あえて言う。理事長である俺は君を退学することは認めない。この学園を卒業してもらう」
由紀は自分の姿にかけていた魔法を解いて、そう言った後、ニヤリと由紀は影のある笑みを浮かべた。
そして、淡々とまた言うのだ。
「復讐はすべきではなかったんだよ、色咲。その復讐を、後悔する日がいつか来る。その日まで学業に励み、自分の持つ力を磨き、自分自身の力でその試練を乗り越え、生きるんだ」
まるで、色咲の未来がわかるかのようにそう告げた由紀。
そんな由紀が一番、色咲には底が知れず、怖いと感じたのだった。
その光景を、話している内容まではわからないが、相談を受けるスペースから眺めている雪代。
「あの人は残酷な人です、だから貴方は彼の側に居るべきではない」
黄昏る雪代に対して、羽月は淡々とした口調でそう言った。
が、雪代は淡々とこう言い返す。
「わかっていないのは君です、羽月さん。あの人の本質をわかっていないのは君なんです。この学園にまともな環境にいたのは極一部で、菜乃ちゃんや色咲さんのように辛い経験をしている人、そして光彦や僕のように特殊な環境で育てられた者が多くいるこの環境であり、貴女のような常識人の方が少ないですよ?
才能を代償なしで手に入れられると考えていること自体、僕にとって考えられないことですけどね。
僕は魔法を手に入れる代わりに、誰かを恋愛的な意味合いで愛すること、その当たり前のことを奪われました。それで手に入れたのが、無効化魔法ってことです。僕は彼を覚えているために、例え知らないふりをしてまでも側にいたいのです。それは恋愛感情ではなく、彼の存在自体への依存です。
貴女は勘違いしています。
この学園には優秀な魔法使いが多いのは確かですが、同時に貴女の言葉を借りれば由紀くんのような残酷な人だって多いのです。僕らは利用し合うことをお互いに了承し、この学園で生きているんです。それを受け入れることが出来ないなら、貴女は違う学園に言った方が良いですよ。
この学園にいたこと、後悔することになりますよ。真面目な貴女だからきっとね?」
その言葉に羽月は言い返すことが出来なかった。雪代に言われたこと、間違ってないと一瞬でも思ってしまったから言葉を詰まらせてしまう。
そんな羽月を見て、雪代はふふっと声を出して笑う。まるで羽月の内心を見抜くかのように。
それからそれ以上、その話について二人は何も喋ることはなかった。
そしてまた春が来た。
手を繋ぎ、入学式の様子を映像録画魔法具を眺める光彦と菜乃。
菜乃は決断をしたようだ、光彦と共に歩むと言う決断を。
由紀は卒業し、風紀委員長の役目は雪代が受け継ぎ、理事長として働く由紀のサポートをしているようだ。
「才気溢れる魔法使いの少年少女よ、我々この学園の人間は君達を歓迎する」
この学園に入ったことで、導かれるのは天国か地獄か。
それはその生徒次第である。
少なくとも、図書室の住民である黒猫は……、幸せを掴んだのだから。