素直になれないヒト2
自分達を利用した貴族への復讐。
そんなことをしたところで、何もかも失うだけだと言うのに人は何故復讐をしようとするのだろうか?
菜乃にはわからなかった。
「色咲は戸惑っているだろうな、……復讐したかった相手の一人が、そのことを知っていたから。
しかも、復讐して良いと言ったら?
利用したことを後悔していると言われたら? 戸惑ってあいつだけには、魔法をかけられなかったみたいだ。
魔法をかけて、惚れさせてはその貴族達を振って、あの時彼らがしたことを思い出させた。一生、私の陰に苦しめばよいと言い残しては姿を消してきたみたいだが、彼女の復讐が終わる時に限って、あいつだけは土下座して謝ったみたいだ。そんな奴だからこそ俺は、過去に問題を起こした奴だったが、この学園に受け入れたんだ。別に驚くことではない、それよりも雪代くんが羽月に対して驚いたよ。あの子は常に、にこにこと笑っている子だったからな」
転入生、色咲に関する話から雪代の話に移った途端、厳しそうな顔から穏やかな表情へと変わった。
菜乃は、頑固だなと思った。
そんなに大切なら、わざわざ記憶封じの魔法をかけなくては良いじゃないかともそう思っていた。
菜乃の場合、勝手に光彦の菜乃に関する記憶を消したが、彼らは違うのだ。お互いに話し合って、その結果雪代の由紀に関する記憶を記憶封じをしたのだ、まあ雪代は記憶封じをされている振りをしているだけのようなのだが。
この二人がどうしたいのか、菜乃には良くわからなかった。いや、この先のことは考えてはならないと彼女の中の何かがそう訴えかけてくるのだ。
そんな菜乃の葛藤を知らずか、
「あいつはな、色咲が知っているあいつとはもう違うんだ。貴族であること、そして自分が魔法使いとして実力者の位置にいることに対して、天狗になっていた幼い頃のあいつとは違う。あいつは色咲達を利用した貴族の中でも賢く、素直で、聡明な奴だった。だから、貴族のプライドを捨てて今まで犠牲にしてきた全員全ての人に、土下座して謝り続けたんだ。あいつは凄い奴だよ、一度は見捨てられた相手の繋がりを取り戻したのだから。あいつはな、ある人と出会うまでは殺させる訳にはいかなかったんだ」
懐かしげな表情は再び消えて、真剣な表情にまた変わり、そう言った。
菜乃はその言葉に対して、
「あの人とは……?」
そう言った後、もしかしてと言おうとした瞬間、遮るようにこう言った。
「あいつはな、色咲に復讐されても仕方がないと思ってる。そうさせるようなことをしたって、あいつは色咲が見せた憎しみの表情を見た瞬間、今まで自分がやってきたことは例え身分が高くても、人間としてやってはいけないことをやってしまったと自覚したらしいんだ。だから、色咲に会うまでは死ねないと思ったらしい、彼女がする自分への復讐を甘んじて受け入れようと決意して今まで生きてきたと言っていた」
その言葉に、菜乃は下唇を噛む。
ーーまるで、色咲さんが例えどんなことを言っても躊躇わず言いなりになる操り人形になるとその人は言っているようなもの……。本当にそれが償いと言えるのかな?
少しだけ唇に痛みを感じながら、菜乃はそう考えていた。由紀はしばらく黙った後、また、
「そんな姿勢に色咲は戸惑って、他の奴らには出来ていた復讐があいつだけには出来なくなってしまった。青い顔をしながら土下座をし続けるあいつを見て、何故か音魔法をかけることに躊躇いを感じた。徐々に魅了させて自分に恋愛感情を復讐相手が抱いた時、躊躇うことなく酷く振ることが出来たのに、あいつだけにはそうしたくないとそう思ってしまったらしい。何もせず、色咲はあいつから逃げた」
由紀はそう言葉にする。その時、菜乃は一つの疑問を抱いた。
ーー父方に引き取られ、本当の母親はメイドとして側にいたはず。なのに何故、復讐をしようと決意までさせるようなことが色咲さんの身の周りに起きたのかな?
と、難しい表情をしながらそう考えていると由紀は淡々とした口調で、
「……光彦から聞いたんだな。確かに色咲の家庭は良好な関係を築けていた、ある日まではな。
色咲の父親と本妻が人質に取られたんだ、それで二人に感謝していた色咲親子は彼らの指示通りに働き、人質を助けるためにどんなことでもした。だが、色咲の母親であるメイドは精神的な病と、過労が原因で亡くなってしまった。
本妻は牢獄にいることによるストレスによって自殺。結局、助け出すことが出来たのは父親だけだった。心身ともに傷ついた色咲の心は復讐することに染められてしまった。あいつに復讐することで、これで終わるはずだったんだろうな。だから色咲であることに気づいて土下座して謝罪するあいつを見て、動揺した。
お前はここまで聞いていなかったんだろう? 光彦に頼んだんだ、俺から言わせくれと。
そこで気づいてしまったんだ、復讐したって家族は帰って来ないと。
この学園を退学するつもりで、風紀室に来たみたいなんだ。見回りをしている時にそう言われた」
この言葉を聞いて菜乃はわかった。
何故、転入生が戸惑いを感じ、復讐したいけどその人だけにはせず、退学まで決意させた理由が。
だからこそ、菜乃は決意した。
だから、菜乃は羽月の態度に関する相談はまた今度にすることにしたのだった。
翌日、菜乃は光彦に付き添われて、ある人を訪ねるために、 高等部の二年クラスがある校舎に来ていた。
ちなみに菜乃は一年生で、由紀は三年生であるのだが彼の場合見た目が年下に見えるため、後輩からも敬語を使われず話しかけられることが多い。だが、本人はそれについては気にしてないため、後輩からの人気はとてつもなく高い。
学園から出された課題の時、必要な資料を図書室にどの生徒も必ず一度は来たことがあるため、菜乃もとても有名人であるのは事実だ。しかも、空間魔法を使えるとなれば尚更魔法使いである生徒達が知らない訳がないのである。
普段、図書室以外では姿を見せることはない菜乃こと“黒猫”が二年クラスがある校舎に現れたとなれば、尚更注目が集まってしまう。しかも隣には“情報屋”である光彦がいるとなれば二度見三度見は当たり前。
光彦は面倒くさがり屋でも、二年の中でも有名だからだ。だから、人の用事を報酬なしで付き合うなど雪代以外ではなかったことである。
ただでさえ注目されるのに、余計に注目されることになった菜乃は普段、あまり目立つことのない生活をしているため、たくさんの視線を向けられながら廊下を歩くのはとても居心地が悪かった。
「色咲、いるか?」
あまりの居心地の悪さに、色咲のクラスまで来たは良いもののしばらく声を掛けられずにいた菜乃を見かねて、光彦が面倒くさそうな表情を浮かべながら彼女を呼んだ。
相変わらず愛想よく振りまいながらも、何処か心ここに在らずといったような様子を見せる色咲。
ーーやっぱりね。
色咲の様子を見て、菜乃は確信した。
「場所を変えましょう、色咲さん」
淡々とした口調で菜乃は、色咲にそう告げたのだった。
場所は変わって裏庭。
裏庭には実は、数人でお茶会が出来るくらいのスペースがある。
「色咲さん、風紀室ではきつめに言って申し訳ありませんでした。
私、路ノ九菜乃と言います。図書室の管理の役目を任されている者です。
私が貴女を呼び出したのは、先日の件ではありません。風紀委員長である由紀さんから聞きました、貴女は最後の復讐をするためにここに来たと言う事実は本当ですね?」
菜乃は一応事実かそう聞いた。
まあ、ほぼの確率で事実だろうが。
「そうよ」
「だけど、今回だけは出来なかった。それは何故なのですか?」
さっきの質問に対する肯定が聞けたところですぐさま、遠慮なしに次の質問をぶつける菜乃。
二つ目の質問をぶつけた時のことだった。動揺しているのだろう、大きく肩を揺らした色咲に菜乃は見逃さず、淡々とした口調で遠慮なしにこう言う。
「誠心誠意謝ってくれたのが、彼が初めてだったからですか?
それとも貴族のプライドを捨てた姿に満足したからなのですか。
もしやとは思いますが……、色咲さん誠心誠意謝り、プライドを捨て去ってまで自分と向き合ってくれた彼に惚れてしまいましたか? そこまでいかなくとも、心の片隅で彼に惹かれてしまったのでは?」
追い詰めるようなことを聞くのは心苦しいが、菜乃は無表情のまま淡々とそう言った。
そんな菜乃の言葉に対して、色咲は小さな声で詰まらせながら違うと呟くが、聞こえてないふりをして続けてこう言ったのだ。
「自分を育ててくれた母親と、もう一人の母親のような人を追い詰めた人を好きになる訳が……」
ないですよね? そう言おうとした瞬間、色咲は嘆くように、
「違う! 違うの!
私はあの人のことなんて、好きなんかじゃないわ! 私はあの人自体を恨んでいる訳じゃないの。……由紀先輩も、あの人も知らないのよ!
あの人も利用されただけなの!
親に天才だ、お前はこの世界を支配出来るなんて暗示をかけるようにそう言われてたら誰だって天狗にもなるわ! でも、その暗示は一日しか持たないから暗示をかける姿を何度も私は見たことがある。
だから、私はあの人に同情してた。
だけど、復讐心を抑えられなかった。あの人は紛れもなく、あいつらの直系の血縁者で、あの人を恋で狂わせてあの家系を滅茶苦茶にしてしまえば、私の復讐は終わる。一度、やり始めた復讐は最後までやらなきゃ、私の性格上終わらないってわかってたからあの人にも復讐をしようと思った。
だから、あの日あの人に接触して音魔法をかけてやろうと思った。なのに、あの人は私のことを忘れないで覚えていてくれて、土下座して謝り続けてくれた。青い顔になってもずっとずっと、謝ってくれた。
……プライドを捨ててまでも謝ってくれたのよ。それには戸惑ったけど、もう復讐は良いやって思ったのは事実。
あの人は正気に戻ってた。権力で解決するのではなくて、ちゃんと謝ってくれた。他の奴らとは違ってね。謝ってお母様達が帰って来る訳じゃないけど、自分が悪かったって初めて認めてくれてやっと復讐を終わらせることが出来ると思った。私が復讐をしていたのはただの自己満足なのは気づいてた、お母様達が復讐をすることを望んでいるのかは私にはわからないことだし。誰かに本当は止めて欲しかったの、お父様じゃない誰かに。
その他の奴らは変わってなかったし、復讐を躊躇わず出来て、あの人は私の復讐を止めてくれた。私はそれだけで良いのよ、もう。
それにあの人が暗示をかけられていたこと、あえて由紀先輩に言わなかったの。これが私の復讐心に終止符を打つために最後、あの人に悪戯出来たのよ、……私はこれ以上何も望めないわ」
僅かに涙を溜めながら、必死に無表情を作って、色咲はそう言った。
涙を溜めていることは、菜乃はあえて指摘はしなかった。我慢してしまう気持ちがわかるから。
これ以上、話すことは無理そうと判断した菜乃は席を立つ。それを見計らったように光彦も席を立った。
「追い詰めるようなことを言ってすみませんでした。これ以上、音魔法を悪用することはないと判断したかったので、ここまでのことをしてしまいました。ですが、安心してください。私達はこのことを他言するつもりはありませんから」
そう菜乃は言い残し、裏庭を去る。
そんな菜乃の後を光彦は追い、直ぐに隣へと並び、話しかける。
「何かわかったか、菜乃」
「はい、色咲さんは彼を恨みながらも愛しているんだと言う確信が持てました。……私も、自分の想いが空回りしている時が長かったですからそう言う感情には、人よりも敏感なつもりです」
と、上目遣いをしながら菜乃は言う。
そんな菜乃の態度に参ったと言うかのような態度を光彦は見せた後、菜乃の頭を丁寧に撫でた。
そして光彦は、耳元で囁くように尚且つ甘い声でこう言う。
「あまり可愛いことすると、流石に耐えられないよ? 俺も菜乃だけには嫌われたくないから頑張って耐えてるんだがな」
光彦の言葉に、菜乃は顔を赤くする。
そんな菜乃にトドメをさすように、
「好きだ、菜乃。菜乃とずっと一緒にいたいと思ってるから、今は菜乃の意見を重視してやりたい。だから答えは何時でも良い、待ってる。心の準備が出来るまで待ってるから良い返事を聞かせてくれな」
普段は面倒くさそうな声で話すと言うのに、反則なことに今回ばかりは光彦の声がとても真剣なもので。
菜乃は胸が締め付けられた。
苦しい思いではなく、嬉しさで。
「もう少しだけ、待ってて。
それと色咲さんも、幸せになってくれると良いんだけど……」
「勿論、一〜二年くらいは待っててやるよ。気長にな。
色咲の場合、意地になっている時にはまだ無理だな、どうにかしてあの堅い決意を解いてしまわない限り。
あいつの場合は、相手からどんなに好きだと言っても無理だろうし、それに相手側も好きでも言わないだろうから、他の人がお節介を凄い焼かないと無理なんじゃないか?」
と、さっきまで隠れていた面倒くさがり屋の一面が、あっさりと戻って来てしまう光彦に菜乃はクスクスと笑う。
そんな菜乃を、光彦は優しい視線で見つめて頭を撫でたのだった。