黒猫と護衛と“情報屋”と……
少年は、他国の国の者だった。
少年は訪れた貴族の広い屋敷で、親友を探しているうちに自分自身も迷子となって……、迷い込んだ先には紅の目以外は目元に涙の雫が描かれた仮面をつけた、少年と同じくらいの子供がいた。
ーーどうして、その赤い目を隠すんだ? それが不幸の象徴? ふざけんな、俺には綺麗としか感じないな。
少年は他国の者だ。この家系のみ不幸の象徴として考えられていることを、この国の者にしては常識であることをまあ当たり前のことなんだが、少年は知らなかったからその子供に対してそう言った。
ーー嘘だよ、嘘なんてつかないで! じゃあ何で仮面をつけさせられてるの?
ーーこの目が嫌いなの……! この赤い目は綺麗なんかじゃない、これは……!
ーー本にされた、芽生えたばかりの木の精霊の赤い涙なの……! 本にされた木の精霊の悲しみで、人に対する憎しみなの!
叫ぶように子供はそう言う。
その言葉に対して、
ーーそうか。それなら、俺がお前を連れ出してやる。俺が成人したら、きっとお前を連れ出して見せるから。そしたら俺がお前の赤い目を綺麗だと思ってる証拠になるだろう?
なんて、残酷な言葉を子供に残したんだろうか。まるで、期待してしまうような言葉を少年は残して、彼はそれから一番ども子供の前には現れてはいない。それでも子供は良かった。
子供は彼が、嘘をつくような人間ではなく、むしろ優しすぎるくらいの心の持ち主だと子供は知っていたから。
せめて、ここからは自分で逃げようと子供は魔法を覚えた。……そして同時に、少年を縛りつける自分と言う鎖から解放させようとそう思った。
必死に、必死に鍛練を重ねて、子供は強いと認められるくらい強くなった。そして、子供はとある学園の学園長に家から引き出されたのだ。
そして、入学当日。
新入生を案内している生徒の中に、子供が会いたかった少年がいた。
少年から青年の姿になった、彼がいたのだ。その姿を見られただけで、子供は嬉しかった。
それだけで子供は幸せだったのだ。
少年こと青年が、後は好きになった人と幸せになってくれれば、子供はそれだけで幸せだったのに……。
理事長から、厄介な生徒が来ると聞いて青年の幸せを邪魔する者が現れたと子供はそう考えた。
だから、子供は今度は自分が守らなくては、とそう思った。
この夢は誰の夢だったのだろうか?
この夢を見た者は涙を流したまま、今も眠りについている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「やあ、菜乃。今日は俺の方からお前の元へと出向いて来たぞ。調子はどうだ? 相変わらず頑固だな」
時刻は午前七時。菜乃は図書室の管理をしているから、図書室に菜乃専用の部屋がここにはあり、ここで寝泊まりしている。
菜乃が起床したのは午前六時。
だから、とっくに身支度は終えており、怒ることもなくただ無表情で、そうねと冷静に言葉を返す。
「貴方だって頑固じゃない。本当の身分を明かさず、二つの重要な役割をこなしていることを私以外は知らない。いつか倒れるわよ、ただでさえ厄介な生徒がいると言うのに。
私だって、貴方だって厄介なことには変わらないわ。貴方は余計にね、全てを変化させてしまうほどの力があるんだもの。転入生の力は通じないだろうけど、私達は損な役割よね、本当に……」
その言葉に由紀は苦笑いした。
……その気持ちに対して素直になれば良いのに、と由紀はそう考えながらも言葉にはしない。
由紀が一番知っているから、期待することで何度も何度も菜乃が傷ついてきていると言うことを。
「大丈夫、お前がここにいる限りは俺が君を守るから。……悪役なんてさせたりはしない、お前は悪役になる必要なんて消してあげるから」
由紀はそう言って、菜乃を抱きしめる。が、彼女はそれを拒絶した。
「私が待っているのは彼だけよ」
菜乃は無表情を必死に作りながら、涙を流すことを堪えていた。
本当は好きだと言いたいのに、そう言えないことや巻き込むことをしたくないと言う気持ちが複雑に絡みに絡まって、ついには自分を犠牲にしてまでもその人の幸せを望む菜乃に対して、由紀はため息をついた。
勝手なことをしてと怒られる覚悟をして、由紀は菜乃の元から去り、ある人物の元へと向かう。
その人物とは……。
「やあ、光彦。昨日ぶりだね」
“情報屋”と知られる光彦の元だった。
用があると言って、教室から連れ出し、人気のない空き教室へと連れて行った後、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは光彦だった。
「何の用だ」
何か言われるんじゃないかと、光彦は由紀を警戒する。
そんな光彦に対して、クスクスと笑いながら由紀はこう言った。
「菜乃を助けてはくれないか? お前にしか出来ないんだ。それから、光彦。あの赤い目に見覚えはないか? 幼い時にこの国へと一度来ているみたいだが……、赤い目に見覚えはなかったりしないか?」
まるで記憶を探らせるような曖昧な言葉を、光彦に向ける由紀。
その言葉に素直に思い出そうとする光彦は、次第に青い顔となり、頭を抱えて座り込んでしまう。
そんな光彦の様子をお構いなしに、由紀はトドメを刺すように言う。
「お前は会ったことがあるはずだ、赤い目をした、目元に涙が描かれた仮面をつけた子供に。
思い出せ、光彦。お前は幼い頃の、本来の自分自身を見せていた菜乃に会ったことがあるはずなんだ!
あの子を、妹を! 苦しみから解き放ちたいんだ……。それが出来るのは君だけなんだよ、“情報屋”。
お前は何で情報屋をやっている?
何を目的で情報を集めているんだ?
思い出せ、光彦。後は記憶を封じたその鍵を自分自身で見つけ出すだけなんだよ、光彦……」
必死に訴えかける由紀。
由紀は元々、路ノ九の人間だった。
そして、赤い目をしたもう一人の人物でもあったのだ。
だから、菜乃が赤い目のせいで、どれだけ路ノ九の人間から風当たりが強かったのか、自分が赤い目だったから少しだけ由紀にはわかる。
幼い頃の菜乃が、光彦に会っていたように、幼い頃の由紀はその時同時にある人物に偶然会っていたのだ。
それが雪代だった。
光彦が迷子になることのきっかけになった人物で、そして一番最初に迷子になっていたのが雪代だ。
雪代に出会ったことで、由紀は閉じ込められていることがどんなに苦しいことなのかをその時知った。
意外にも、行動派な由紀は考えなしに家から脱走して、拾われた先がこの学園の学園長の元だったと言う訳である。そして、同じく赤い目を持つ妹、菜乃を救うためにたくさん努力して賢くなり、そして強くなり、何よりも経済の厳しさを学んで由紀は菜乃をあの家から出すことに成功したのだ。
だが、しかし菜乃が鍛練を重ねていたおかげで、理由をこじつけ無しでこの学園に連れ出すことを成功したは良いものの、既に菜乃は言い伝えの未来に囚われすぎてしまっていたのである。その囚われを、由紀は拭ってあげることは出来なかった。
だから、入学式の時、菜乃は記憶を自ら封じたはずの光彦のことを忘れられず、見入るように見ていた。
光彦には辛い思いをさせるが、菜乃との約束を思い出してもらうしかもう、頑固者の彼女を説得するためにはそれしかなかったのだ。
由紀も、雪代の記憶封じをした。
もし記憶封じをしなければ、取り返しのつかないくらいに雪代のことを依存してしまいそうだったから、記憶封じをする前に雪代に会い、納得をしてもらい、本人の同意を得て雪代の由紀に関する記憶を封じたのだ。
だから、由紀には記憶封じの魔法をかけたことに後悔はない。だけど、記憶封じをしたことに対して、菜乃には後悔がある。それならば、記憶封じの魔法を解いてしまった方が良いと由紀は思ったから。
光彦のためにも、菜乃のためにも、例え彼女に責められたとしても自分が悪役に見えたとしても構わないと決意して、すでに解けかけだった記憶封じの魔法が解けるきっかけを由紀はつくったのである。
ジンジンと、頭に響くような頭痛が光彦を襲う。何かが焼けていくような痛みが全身を走っていく。
光彦の体から冷や汗が絶えず流れ、徐々に痛みから意識が朦朧としていくような感覚に襲われた。
「由紀さん! やめて! 彼の記憶を思い出させないで、彼の記憶を消したのは私なの。
あの時、会った時から彼は優しいから約束をどんな形でも守ってくれるってわかってた。
だから、空間魔法を使えるようになった日に彼の魔力を辿って彼の元へと行き、記憶を消したのは私!
駄目なの、私なんかに縛られてちゃ。私を連れ出すことに縛られてちゃ駄目だったの!
だから、もう良いの。由紀さん、私は悪役のまま死んでいくことを決めたの。
元々から何故か、魔法が解けかけていたし、もう一回かけ直す良い機会だから光彦さん、もう一度私のことを忘れて。あの言葉なんて、あの約束だなんて全て忘れて幸せに生きてね?」
……さよならと、そう口パクで呟いた後、菜乃は魔法を発動しようとした瞬間にその魔法を打ち消されてしまった。菜乃は誰に打ち消されてしまったのかわからずに、周りをキョロキョロと見回しているうちにガシッと痛くない程度に光彦に腕を掴まれてしまい、身動きが取れなくなってしまったのだった。
「ふざけんな、何が私の全てを忘れて生きろだ? 幸せになれだ?
ここまで魔法の効力を弱めて、思い出すきっかけのタイミングが来るまで何年待っていたと思ってる?
記憶封じの魔法に掛かっていると気づいたのは、“情報屋”関係の仕事の依頼人から忠告されたことから初めてそれに気づいたんだ。精霊が力を貸した記憶封じの魔法だったから、少しずつ解除していくしか方法がなくて、五〜六年は掛かったんだ。後は記憶封じをした魔法使い本人か、血縁、短かにいる人の言葉を借りて思い出す作業だけになったんだ。
勘弁してくれ、本当。誰を見ても、魅力的には感じない。しまいには、あまりに女性との交際の噂がなくて同性が好きなのか? と雪代に聞かれるわで、記憶封じされたまま幸せになれるかっつーの。それに何故か、記憶封じをされていることを教えてくれた依頼人からその話を聞いた時から、その記憶を絶対に思い出さないと思うようになったんだ。
俺さ、前に転入生を好きにはならないって言っただろ? 俺、実は一途だったらしくてなあ、そいつ以外は魅力的にも感じないらしくて、記憶封じされたらまた気づいて何年も掛けて解除し始めるか、一生独身貴族を貫き通すかの二択だと思うんだが、それでもお前は記憶封じをしちゃうんだな、菜乃?」
勝利を確信づいた顔で、光彦は記憶封じをしようとしている菜乃をジッと見つめていれば……。
無表情だった菜乃が、ぼろぼろと泣き崩れて、光彦さん……!と名前を何度も呼びながら抱きついた。
つれない態度ばかりを見せていた菜乃が、躊躇うことなく甘えるかのように光彦に抱きつき続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「光彦! おめでとう!」
「何がだよ?」
由紀から話を聞いていた雪代は、自分のことのように祝福し、満面の笑顔で祝ったことに対して光彦は不思議そうな顔をしてそう聞いてきた。
「えっ! 光彦、菜乃ちゃんと付き合い始めたんじゃないんですか!」
「いや、違うぞ。菜乃とは“まだ”そんな関係じゃない、いざ付き合おうと言おうとすると顔を真っ赤にして図書室を結界で張っちゃうんだよ。まあ、そんな菜乃の反応見ればまあどう思ってくれてるなんてわかるし、今更逃がすつもりなんてないしな、菜乃以外にそう言う意味で好きにはなれないしなー」
面倒くさそうな表情をしながら、愛しそうな声でそう言う光彦。
そんな光彦の対応に対して、雪代は目をキラキラさせながら、
「光彦は大人ですねぇ」
と、そう言った。そんな言葉に対して光彦は苦笑いをしながら、
「一途に菜乃だけを、記憶封じされてても想ってきたんだ。気持ちがわかっている以上、気持ちが整理つくまでくらいなら待っていられる。だが、菜乃に手を出そうとしたヤツは容赦なく叩きのめすがな?」
面倒くささが表情から消え、殺気のこもった満面の笑顔を浮かべながらそう言い放つ光彦。
「相変わらず、怒ると光彦は怖いですねぇ。由紀くんにも言っておかなければいけませんね」
と、そうしみじみと雪代が呟いていただなんて光彦は知らなかった。
初めまして、空野雪乃です。
読んでくださり、ありがとうございます。
しばらくは光彦と菜乃の関係は、両片想いの状態が続くかもしれませんが、よろしくお願いします。
転入生は時期に登場すると思います。
「図書室の黒猫の恋模様」はまだ続きますので、よろしくお願いします。