戸惑う“情報屋”
木の精霊について聞かれた時、菜乃はその話はまた今度ね、先輩と話を明らかにそらしてしまった。
何度、雪代が問いかけようが、同じような言葉で遠回しに質問に答えることを遠回しな言葉なものの、確実にその質問に答えることだけは菜乃は絶対にしようとはしなかった。
その攻防戦は、菜乃が用事があると伝えて、無理矢理家に帰すまで雪代は負けずに木の精霊についてのことを聞き出そうと粘りに粘り、図書室に夕日の光が差すまで続いたのだった。
菜乃は、図書室の扉を開いた。
初めてのことだ、閉鎖的な空間にしていた図書室から菜乃が自ら出たのは。出ようと思った理由、それはある人に会いに行くためだった。
今は放課後。
菜乃は恐る恐る、珊瑚色の夕日の光が差す廊下を歩きながら、ある人がいそうな場所を探していれば……。
「珍しいな、菜乃」
そこにはお世辞でも背が高いとは言えなく、先輩には見えないくらいに童顔で、若干女顔でもあり、艶やかな黒髪をセミロングくらいまで伸ばし、ポニーテールもどきのような髪型をする風紀委員長、市宮由紀の姿があった。
「人を、探しているのよ」
「そう、雪代……くんか?」
ふるふると首を横に振り、
「違うわ、雪代先輩は私がもう家に帰るように言ったある。だからもう、家に帰らせたのよ。……魔法は完全じゃないわ、解けてしまうことだってある。だから、強い魔力が集まるこの学園に長居するべきではないわ、魔法には“時間制限”があるから雪代先輩は特に」
菜乃はそう意味深な発言をする。
その発言の意図を、由紀は理解しているのか、……そうだなと菜乃の言葉に同意する。そして、
「で、探しているヤツは誰よ?」
由紀はそう聞いた。その質問に対して、菜乃は無表情でさらりと、
「明智光彦」
雪代じゃない相手の名前を言う。
菜乃の口から出てきた名前に対して、由紀は苦笑いをしてから、
「ああ、アイツね。……ったく、お前は幼い頃から変わらないんだな、由紀さんは安心しましたよ。まあ、光彦ならこの時間ならまだいると思うけど、あまり誤解を招くようなことは言うんじゃないぞ」
そう忠告染みた言葉を言った。
そんな言葉に対して、
「わかっているわ。でもどうせ嫌われているもの、今更嫌われたところで対して変わらないと思う」
菜乃は無表情でそう言えば、
「いい加減、無理してその口調を使うの、やめたらどうだ?」
売り言葉に買い言葉のごとく、由紀はそう言ったが、相変わらず無表情のまま、菜乃は首を振った。
「……私は、どうせ嫌われ役なの。
だったら誰にも本当の私を知られずに消えたい。だから、私は偽物の私を演じるわ。強くて、面倒くさがり屋で一人が好きな無表情な人を私は演じることにしたの」
……今更変えられないわ。
独り言くらいの小さな声で、菜乃はそう呟いた後、由紀に背を向けて何も言わずに歩き始めた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
のんびりとした歩調で、ほぼ誰もいない校舎を歩いてまわる菜乃。
ーーもう、校舎を歩くことなんてないと思っていたわ。
ーー私から誰かに合うのはこれで最後、あの枷のつけられた生活から抜け出せたとしても私は、本当の自由を知ることは出来ないの……。
ーー私の自由はこの学園だけ。
ーー私は、外に出たらまた枷をつけていかなければいけないの。
そう考えながら、菜乃は光彦を探していると、窓枠に器用に座る彼の姿を見つけた。
「“黒猫”、何か用か。また、結論を言わない遠回しなアドバイス的なのを言いに来たのか」
「違うわ」
面倒くさそうな表情をしながら、そう言った質問に対して、菜乃は即答で否定をした。そして、
「……貴方だけは、転入生を好きにならないで……!」
無表情で菜乃はそう言った。
そんな菜乃の言葉を、光彦はさっきから変わらずの面倒くさそうな表情を浮かべながら、長いため息をしてしばらくの間何も言わなかった。
そして、二〜三分が過ぎた頃、
「惚れる訳がないだろ」
呆れたような表情をして、光彦は面倒くさそうな声色でそう答えた。
そう、とそう小さな声で呟いた後、それ以上は何も言わずに光彦の前から立ち去ろうとする菜乃。
それを光彦は、そうさせなかった。
「なんで雪代より俺を心配したりするんだよ。俺よりも、雪代を心配してやったらどうなんだ?」
光彦は、菜乃の腕を掴み、そう問い詰めるようにそう言う。
菜乃は自分の腕を掴む、光彦の手を必死に離そうとするが、やはり女子の力では男子に敵うことはなく、腕を掴まれたままで身動きをとれなくされてしまった。
だから、菜乃は答えるしかなかった。一刻も早く、図書室に戻るためにはそうする他なかった。
「雪代先輩は大丈夫だからよ。絶対に、それはあり得ないことだから。
あの人は転入生にも惚れないし、貴方は私を警戒しているみたいだけど雪代先輩は私にも惚れないわ。だからよ、転入生のことを探ろうとしている貴方だから余計に、そして雪代先輩の側にいる貴方を心配しているの。もし、もしよ? 貴方が転入生に惚れることで、雪代先輩が傷つくところを見たくない」
無表情のまま、菜乃はそう言った。その後、そして付け足すように、
「私には好きな人がいるもの。所詮、叶わない恋だわ。でも私は、最後にまた嫌われものに戻るんだから叶わない恋のままで良いの。
……あまり人とか関わらないから、それなら嫌われもののままで良い、嫌いになられたら苦しい思いをするだけだもの……」
今まで無表情だった表情が、一瞬だけ悲しみに満ちた表情となった菜乃の変化を、光彦は見逃さなかった。
そして、光彦は何故か、一瞬だけ菜乃が見せたあの悲しみに満ちたあの表情を見せた時、胸が痛んだ。
「……ッ! 本当、最近調子が狂う!
あーあー、わかったよ! どんなにお前が嫌われものになろうと、俺は必ずお前を本当に嫌ったりしないって約束する。
今は、目的もわからず雪代を側におくお前を、警戒しないアイツの代わりに俺は警戒しているだけで 別にお前のことが嫌いだなんて思ってしないんだ。
こんな俺に言われても嬉しくはないだろーが、味方もどきがいるとわかっていれば気持ちも楽になるだろう! だから、頼むからあんな表情を浮かべないでくれ、お前のあの表情を見ると……何とも言えないもやっとした気持ちになる!」
光彦は、掴んでいた菜乃の腕を離し、今度は肩を掴むように手をおいて叫ぶようにそう言った。
その言葉に、菜乃は無表情のままだが、器用なことに目だけ見開いて、固まって動かなくなってしまった。
そんな菜乃を見て、
「まあ、俺に言われたところで嬉しくはないだろうけどさ」
光彦は、そう言った。その後、彼は菜乃の肩に手を置くのをやめて、立ち去ってしまった。
その数分後、菜乃は口パクで何かを言った。口の動きがあまりに小さくて、何を言っていたかは、彼女以外ではわかることではない。
そして、菜乃は空間魔法で図書室へと戻って行ったのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
ーーなんであんなことを!
ーーなんであんなことを、……よりによって“黒猫”なんかに言ってしまったんだろう!
ーーどうして、アイツが悲しむ姿を見ると、俺はこんなにも胸が痛むような感覚に陥るんだ。
そう考えながら、階段を一段上がった後、しばらくの間立ち止まっていれば光彦は誰かに肩を叩かれた後、器用にも振り返った。
「急に振り返るなど危ないじゃないか、光彦? 何だ、悩みごとか?」
そう聞いてきたのは、風紀委員長の由紀だった。彼は心配そうな顔をしながらそう尋ねてくる、堅苦しい言葉使いをする割には素直で優しいため、風紀副委員長に尻にひかれるのもわかるような気がすると光彦は頭の片隅でそう思った。
だが、由紀は素直なため、そうだと肯定されてどんな反応をしたら良いのかわからなかったから、あえて頭の片隅で思うだけで口に出すのは止めておいたのだった。
光彦が内心でそう感じているだなんて知らない由紀は、穏やかな表情で光彦の言葉を待っている。
その表情を見ると、答えなきゃいけないなと感じ、光彦は意を決して口を開く。
「さっき言われたんだ、……貴方だけは転入生に惚れないで欲しいと……。その後、“黒猫”は雪代は大丈夫だと、むしろ転入生のことを調べている俺のことの方が心配だと言われた。
その後また、“黒猫”は俺に好きな人がいると明かした。そして、叶うはずもない恋で最終的には嫌われものになるんだと、嫌われものになっても良いと言った時の顔があまりに悲しみに満ちた表情で、俺は忘れられない。今でも胸を締めつけるんだ」
その言葉に、由紀はピンと来た。
「ねぇ、それって……!」
そう言った後、光彦の懐を掴んで由紀は耳打ちをした。その言葉の意味を完全に理解するまで数分、身体を硬直させていた光彦はふと我に返り、顔を僅かに赤くさせながら、怒鳴るような声でこう言った。
「それはない! それは違うはずだ!」
そんな光彦の言葉に対して、
「“はず”、ねえ?」
完全には否定出来ないんだ、と言うかのごとく由紀はニヤニヤとからかうように笑った。
そして、滅多に見れることはない、まるで殺気のような鋭さを持つ真剣な表情を由紀は浮かべて、完全に否定を出来ない光彦に対して、
「後悔する前に自分の気持ちがどうなのか、はっきりさせなよ。僕達は魔法使いだけど、人間なんだ。寿命は決められていて、いつ死ぬかなんて“僕達”には想像出来ないことだろう? 人は嫌われることを恐れ、本心を無理矢理理性で押さえ込むから後々伝えたなかったことを後悔することはたくさんある。
だから、光彦。自分の気持ちを否定をせず、純粋に素直に見つめてみろ。恥ずかしいかもしれないが、自ずと自分の気持ちが見えてくると思う。たくさん後悔して、自分のことを責めるお前の姿を俺は見たくない。光彦の気持ちの持ち方次第で、そうならずに済むかもしれないから一度自分の気持ちと向き合って見たら良いんじゃないか?」
アドバイスのような言葉を、由紀は光彦にかけた後、仕事が溜まっててそろそろ戻らないと怒られるからと、由紀はそう言って、言い逃げをするかのごとく、足早に去って行ってしまったのだった。
「……後悔しないため、か……」
光彦はそう呟いた後、宛先もなく校内を歩き始めたのだった。