黒猫は出会う
決められた定位置に座る少女、路ノ九菜乃は図書室の住人として有名だ。
綺麗な黒髪に、真っ直ぐな髪質をしたロングヘアー、そしてまるで猫のような目にルビーのような紅色の瞳をした少女である。
彼女は一度もクラスに行った姿を見られたことがないため、図書室の住人と呼ばれることも、図書室の黒猫と呼ばれることが多い。
ーー今日も静かね。
誰かと集団行動をしない菜乃は、のんびりとそんなことを考えながら本を読んでいた。
今日、静かな日々が壊されるなど、未来予知の出来ない菜乃には想定外のことだったから。
珍しく昼寝をしていた菜乃は、懐かしい夢を見た。一度だけ社交パーティーに出た時の夢を。
そんな穏やかな夢を見ていた時、焦るような足音で目が覚めた菜乃はゆっくりと上半身を起き上がらせれば、この学園でもファンクラブを持つくらいの人気がある男子生徒、柴前雪代の姿がここにあった。
ーー珍しいものね、今の人は本離れをしていると言うのにあの人は毎週図書館に来ているわ。
ーーでも、今日は来る曜日とは違うわ。焦っているようだし、どうしたのかしら?
垂れ目で、翡翠色の瞳を持っていてショートカットくらいの髪の長さで、ミルクティー色の髪な雪代を眺めながら、図書室の平穏を奪われないがために菜乃は立ち上がり、雪代の腕を掴んだ。
「……困っているの?」
「え、ええ。まあ、そうなんです。転入生の女の子にストーカー染みたことをされてまして、来るまでの道筋が複雑な図書室に逃げてきたのですが、声が近づいてきていまして、何処に隠れようかと考えていたのです。読書の邪魔をしてしまって、申し訳ありません。邪魔をするくらいなら別の場所に逃げ込めば良かったですよね、本当にすみません」
雪代は確かに美形だが、ファンクラブなどにも嫌悪感を見せず接し、性別関係なく人気がある男子生徒である。
誰に対しても敬語で、穏やかで優しく接する雪代。最初はファンクラブも恋愛感情を抱き、出し抜きを防止するために作ったようなのだが、先輩や同級生にはまるで弟のように、後輩には兄のように接する雪代に、恋愛感情から上塗りをするかのように友情感情に変換させられてしまい、今は友人として雪代が恋した時には応援してあげたいと思うくらい、ファンクラブを持つ誰よりも良い関係を築けているとも有名だ。
そんな二人が通う学校、月花学園は、普通の学園とは違う。……幼い頃から魔法を扱え、勉強する必要のない魔法使いだけが通える、学園なのだ。だから、クラスはあっても基本的授業は行わず、自習方式で各時間違う先生がその時間を見守り、わからないものの質問を受け付けている感じだ。
まあ、それは貴族の場合で、冒険者の子供で国で決められた学力を満たしてない生徒は、特別塾に通っている。ちなみにだがら特別塾は無料で受けられるそうだ。
また、ファンクラブについてだが、いじめを減らすための措置であり、将来有望な魔法使いの人生を奪わせないための学園側の配慮だ。
男子生徒の方が多いため、中には同性しか愛せない男子。そして女子生徒のなかにもいるため、いじめが少なくなるように学園側も一生懸命配慮をしている。運が良いことに、この国は同性愛者の差別を禁止している。国からの配慮もあり、魔法使いの自殺者は十年前と比べてもだいぶ減ったようだ。
なお、ファンクラブを作られた生徒は告白の丁寧な断り方、ファンクラブに入っている相手などに冷たくしない、またもし同性から告白された場合の丁寧な断り方などなどの指導をされているらしい。そして、第一の条件に告白を曖昧に断らないことが重要なようだ。
話は変わるが、さっき言った通り、生徒数は男子の方が多い。だが、クラスの中で権力を握ってあるのは女子の方だ。生徒会は全員女子だし、風紀委員は長自体は男子だが、副委員長は女子で、風紀委員長は副委員長に尻にひかれていると有名である。……つまり、この学園では女子を敵に回せば危険だと言うこと。
男子が多いと言っても、二百人の差である。女子の世界を生き残るためには強かでなければならないため、女性と言うのは年月を重ねるほど、そして苦難を乗り越えるたびに強かに成長していく。そのため、女子の方が少なかろうが男子が敵わないのは仕方がないことなのだろう。
この学園には図書委員会は存在しない。例え、授業がなかろうが、クラスに行かなければならないと言う決まりがあると言うのに菜乃は何故、図書室の住人と呼ばれているのか、それは菜乃がこの学園に来たのはこの図書室を管理するためだから。そのため、ずっと図書室にいようが、風紀委員は何も言ってこないのだ。
「別に貴方なら良いの。今、本離れをしているご時世でしょう? 毎週、借りれられる限界まで借りて行ってくれる貴方が大変な目にあっているなら、助けなければ木の精霊達も悲しむわ。だから、別に気にしなくて良いのよ。これもまた、私の役目だもの」
菜乃はそう言って、木製で出来た鍵を取り出して、魔力を込めた後、図書室中に結界のようなものを張る。
そして、菜乃は申し訳なさそうな表情を浮かべる雪代の方へと振り返って……、
「ここには貴重な書籍がたくさんあるの。だから、この図書室に危機が迫ってきた用に張った結界よ。木の精霊が張りなさいと言ったわ、つまりその転入生が来ることで書籍に傷つく危機があると言うことなの。
だけど貴方は気にしなくていいわ、どのみち転入生は図書室の書籍を傷つける可能性があったと言うこと。これからも気をつけなければならないわ、だから貴方にはむしろ感謝したいの。書籍に傷つく前に貴方が来てくれたことでそれに気づけたから」
そう菜乃が声を掛けても、雪代はしょんぼりとした表情のままだ。
ーーあら、確かこの人私より一学年先輩だったはずだわ。なんで私が敬語じゃないのに、柴前先輩は私に敬語を使っているのかしら? ……それに。
ーーまるで大型犬のような人だわ。愛嬌があって、人懐っこくて、感情の変化が顔に出てしまうところ。
ーーなら、何か条件を出せば、しょげているのも直ってくれるかもしれないわね。私なら柴前先輩の側にいても、文句は言われないでしょうし、何よりも柴前先輩がファンクラブはとても穏やかだもの。
そう菜乃は考えた後、雪代に対してにこりと微笑んで、とても穏やかな声でこう言ったのだ。
「確かに私は面倒ごとが嫌いよ。なんだか、この学園で良からぬことが起きそうだと勘が言っているし、もし謝ることだけでは申し訳なさが拭えないのなら、一つだけ頼まれてはくれないかしら?」
その言葉に雪代は肩を揺らす。
焦ったような表情。
ーーあら? また、勘違いさせてしまったのかしら? もしかして、もう図書室には来ないでとか想像している訳ではないわよね……。ほんと、私は言葉が足りないみたい。
そう考えているうちに、菜乃は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そして菜乃は、
「私、あまり攻撃系や防御系の魔法が得意ではないの。だから、貴方が安全だと思うまで護衛を頼まれてはくれないかしら? 貴方、性格とは違って攻撃系の魔法が得意なようだから私の条件に乗ってくださると有難いのですが」
そう言った。そして、雪代は即答で、
「もちろん、護衛させて頂きます」
「頼もしいわ、柴前先輩。いえ、雪代先輩これからよろしくお願いしますね」
これが二人の関係の始まりだ。
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「と! 言う訳で、“黒猫”さんの護衛をすることになりました〜。頑張りますよぅ!」
そう張り切る雪代。
そんな雪代を見て、面白がってファンクラブを作った雪代の親友、明智光彦は不思議そうな顔をした。
ーー俺の情報では、今まで路ノ九菜乃が他人に興味を示したことなんてないのだが……。
ーー何故、雪代だった?
ーー確かに雪代は強い。強いのだが、雪代以上に強いヤツなんてこの学園ではざらにいる。どうして、雪代を選んだ?
ーー黒猫の気まぐれか、それとも不吉なことの起きる予兆か……。
「気をつけろよ、雪代」
「あい?」
「“黒猫”は誰も人を寄せ付けない。その理由がお前はまだわかってないから、気をつけろよ。“黒猫”は確かに攻撃系や防御系の魔法が使えないが、知識がある。“黒猫”は自分の身の守り方はある程度は知っているんだ、嫌な予感がしたら即護衛をやめろ、いいな?」
かつてないくらい、真剣な表情を浮かべる光彦に、雪代は圧倒されて唾を音を立てて飲み込んだ。
「……うん、わかった」
その圧力に圧倒されて、雪代は渋々その約束を了承したのだった。