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鎧・輪舞曲  作者: 宮木 大豆
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僅か12年で、日本には厄災が降り注いだ。

 青春。

    僕にとってのそれは、単なる金稼ぎ。

 東京都立**高等学校。

 3限目の授業が終わり、短い休憩時間。僕は自席の机に身体を任せ、寝そべる。

「おいおい紅樹(こうき)、お前また寝てんのかよ」

 同級生阪木(さかき)がからかいの口調で言う。授業間は常日頃から睡眠時間であると規定している僕だ。

「悪いのかよ?」

 意思とは裏腹に虚ろな声が発せられた。

「いや、別に悪かねえけどよ。お前顔もイケメンだし身長高いし、しかも運動出来るしでよ? いっつも寝てばっかしのせいでお前のモテ要素が消滅してんじゃか?」

 呆れる。家庭事情から、僕は1日のおよそ6時間を睡魔と共に過ごしているのだ。それに、

「別にモテたいという願望を、僕は持っていない。彼女を作る暇は、今の僕にはない」

「む……なんかそれ、お前に言われると(すげ)え腹立つな……」

「理解したならさっさと散ってくれよ……俺にはもっと大切な――――竹馬の友がいるんだよ」

「睡魔と俺を天秤に賭けんな‼ 俺は人間だぞ!」

 アルバイトアルバイトアルバイト。

 ファーストフードスタンド、地元スーパー、ガソリンスタンド、在宅ワーク……。

 12年前より、それは開始したのだ。

 両親の死は、当時はまだ5だった僕と、2歳だった妹――――日向(ひなた)の心体に多大なストレスを負荷したのだろう。

 実感は薄かった。死を習得していない幼稚園児にそれは不可能と言える。縁遠親戚の腫物に触れる態度は逆効果をきたした。

 妹はそれ以来、1度も、1言も喋っていない。ただの1文字もだ。

 更に数カ月後、妹は動かなくなった。目を覚まさない。病院のベッドの上で成長していく妹を見る気分は、非常に辛い。その辛い感情は、日向には届かない。


 スピーカーから、規則的な音楽が鳴る。

 生徒を呼び出す音。連絡用の音。

『2年3組、壱宮(いちみや)紅樹。至急、校長室に来てください』

 教室内の人間が僕に視線を向けたのを感じる。呼び出しを喰らうのは学生生活10年目にして初の出来事だ。

 気だるさを抱えて立ち上がる。枕の代役をしてくれていた分厚い単行本を鞄に押し込む。

 時折横からの視線を感じながら1階の校長室へ向かう。

 スライド式の戸を開けようとしたところで、はっと止まり、ノックをする。

 どうぞ、の合図を聞き、

「失礼します」

 の1声と同時に入室する。

 教室や廊下とは違う空気が肌に張り付く。高級感の革製ソファには、年齢43歳にして、今年校長に就任した山戸東(さんどひがし)と、その向かい側に、黒スーツを着用した若々しい男が座っている。

 中世的な顔立ちの2人が対峙している。女性が見れば品定めしてしまいそうな光景だが、どちらも神妙な表情を浮かべている。

「壱宮君、まあ、座りなさい」

「は、はい……」

 山戸東の隣に座る。

「初めまして、壱宮紅樹君」

 年齢層よりも若々しい声。男の年齢を僕は存じ上げていないが、多分、30代前半だろう。膝上の、左手の薬指に指輪は、無い。

「私は……こういう者だ」

 思い出したように懐へ手を入れ、名刺を差し出す。


 自衛隊Cクリーチャ―対策科

                           管理部

                     部長   神庭(かんば)人能介(じんのすけ)


                    TEL  09●-2●●●-2●●●


 Cクリーチャ―? 何だそりゃ? 新手の詐欺師か?

「山戸東校長。恐縮ではありますが、席を外しては……くれませんか?」

「いや、しかし……――――」

 生徒とあなたを対峙させる訳にはいかない。と、言いたげだ。

「手数をお掛けしますが、今から彼に――――壱宮君にお話しする事は、国家に関わる機密を含むのです。失礼ながら、お願い致します。それと、施錠をさせていただきます」

 山戸東校長は不満そうに口をもごもごとさせ、やがて承諾した。職員室と通じる、横入口から退出した。


「改めて壱宮君。前置きとして、見てもらいたい物がある」

 鈍く光るアタッシュケースから、黒いタブレットを取り出す。パスワードを確認する動作の後、神庭は画面を僕に見える位置に固定した。

「……何ですか? これ……」

 恐らく海の、澄んだ青色の中に、異物が映っている。緑色の油光りする身体で、腕があるべき部位は深緑色の触手が生えている。日本の特撮に登場する敵怪物だろうか? しかし作品のそれよりも生物的で、かなり不気味だった。画面越しに幼い視聴者を泣かせ、大人に鳥肌を浮かばせるだろう。

「我々の同胞――――つまりCクリーチャ―対策科がヘリコプターから撮影したものだ。本土へと向かっている」

 呆れてしまう。このイケメンは、特撮マニアなのか? 山戸東校長は何故敷地内への踏み入りを許可したのか?

「あの、そもそも、Cクリーチャー? って、何ですか?」

「ああ、確かにそこから説明しなければいけないな。少し長い話になるが、付き合って頂けるかい?」

 僕はおざなりに頷く。時計を見ると、後1分もすれば4限目の授業が開始される。サボタージュ(サボる)の口実としては十分である。



 まあ、何から話すかな……。取り敢えず、起源は12年前――――つまりは2014年なんだ。

 伊豆諸島の一部、八丈島。厳密には八丈町を中心に壊滅したんだ。勿論報道された。けれど、君はまだ5歳だったから憶えていないか。

 ともかく、本土と八丈島の交流が途絶えて数日後、千葉の習志野に駐屯している特殊作戦群(SFGp)から10人が派遣されて、現地調査を決行した。

 3日後、全員が帰還した。

 微妙な報告だった。悲惨だった、とね。

 八丈島の人間は、1人残らず死亡。7000人程度が棲んでいたんだけど、全員が、ね。隊員は口を揃えて非現実を語ったよ。

 例えば、臓物の晩餐会が開宴されていたとか――――あ、今のは比喩だよ? そんな今にも吐きそうな表情をしないでくれ――――、首なし遺体が電線に引っ掛けられていたとか――――引っ掛かったのか引っ掛けられたのかは不明だね――――、島中に、人間の四肢が落ちていたそうだ。

 例えれば、スプラッターのオブジェが装飾されたとか。

 殺戮と残酷の権化その島に存在するとかね。

 最早、『R-18』どころじゃあなかったよ。

 当然、人間の行為とは信じ難かったからね。しかし、八丈島にはそんな、危険な肉食動物は存在しない。袋小路だったんだけど、5年と6カ月後に進展したんだ。

 空気の――――窒素とか酸素とか、その他気体に交じって、異体が混じり込んでいたんだよ。

 それはそれは驚いたさ。今までに発見された事のない気体だった。研究者はそれを『カラミティ(厄災)』と名付けた。

 実験の結果。カラミティの性質は細胞の突然変異。身体能力を向上させる。植物が手足を得て動き出すことも出来る。困ったことに頭脳は活性化しないんだよ。つまり暴走する。残酷な死体はそれによって創られた。奇怪な事に、カラミティに人間は感染しないんだ。

 だから我々は、カラミティに対抗する事が可能なのだ。 奇怪なことに、人間は感染しなかったらしい。もし人間がカラミティに感染すれば、心技体を心得た、正真正銘の怪物になっていただろうね。


 さて、ここからが本題だ。

 人間はどう対応するか。

 カラミティによって強化された変異生物、通称『Cクリーチャー』には、鉛の弾丸なんてまるで効かない。実験の結果から、著名な毒物に対する抗体を持ち合わせている。それこそ人間の脅威だ。

 どうやってCクリーチャ―を掃討するか? 

 去年の夏に、結論が打ち出されたんだよ。

 唯一の弱点は、放射線。それが希望だった。

 しかし、その希望が完成する直前に、Cクリーチャーは四国地方に襲来した。

 特殊作戦群、自衛隊陸軍が動員された。――――が、全滅したのさ。頼りないと思わないでくれよ。奴らvs人間だ。仕方ないさ困り果てた政府は止むを得ず、四国の住民を本土へと避難させた。

 誘導弾による爆撃。戦闘を無理矢理終了させた。1土地を犠牲にした事実は、国民の非難を集中させた。

 

 ヘリウム4の原子核、アルファ粒子を使用した最硬の合金『アダマンタイト』によって造られた兵器。アルファ線を帯びた弾丸の精製も考察されたが、消耗品に対して、そこまでの資金は賄えないのが現実だよ。

 よって造られたのは、鎧。

 全身を覆うアダマンタイトの鎧。問題は装着者が被曝する可能性がある事。

 そこで日本は、最先端の鎧に――――放射能に抗体を持つ人間を、国中から探し始めた。

 課題が済んだのは今年の春さ。



「探し当てた抗体を持つ人間――――適合者第1号は、君なんだよ」

 ようやく終了したか……、という気分だ。

「悪いが――――突然で本当に悪いが、同行してもらうよ」

 何を言っているのだ? という気分だが、突然意識が遠のく、目の前に霧が舞った。神庭が掌サイズのスプレーを持っているのを倒れ際に確認した。

 ああ……どうなる俺?



「……予定通り。適応者――――壱宮君を確保。これより、本部へと向かいます。……はい、わかっています。手荒な真似は一切――――。それでは失礼致します」

 適合者は、闘う。それを壱宮君は理解してくれたのかな? まあ、それは後で確認すればいいさ。

 敢えて、

「ごめんなさい」

 と、神庭は、眠れる適合者に告げた。

 

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