表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

3,人間観察 7/2(夜)

 

 もう七月だというのに、外は妙に寒々しかった。

 ついでに言うと、いつもより人通りも少なかった。

 夜になり日がおち冷えたためか、それとも、件のジャック・ザ・リッパーとやらのせいか、

 どちらにせよ、こんな曲がりなりにも大きな町の中を歩く限り、人間を見ないことないわけがなかった。

 歩いているのは、

 終電を逃したサラリーマン。

 酔っ払いの親父。

 仲間内に集まる不良学生達。

 水商売の女。

 夜のランニングをする青年。

 塾帰りを迎えた親子。

 コンビニの袋を下げた女。

 自分が既に死んでいると気付かない女。

 二次会だと騒ぐ学生達。

 件の殺人鬼を警戒する巡回の刑事。

 件の殺人鬼を一目見ようと歩く若い男女。

 血の出るような殴り合い後だと思われる女子高生。

 下手くそな鼻歌まじりに歩く黒人の男。

 あくびを噛み殺しながら映画館から出て来た男。

 ゲーセンへと入っていく若い男。

 …………etc……

 それだけの人がいながら、件の切り裂き魔は捕まらない、見られないという。

 まぁ、それも当然だろうか。

 誰も好き好んで人前で悦楽や快楽の所業なんて見せはしないだろう。

 そんなことをするやつはただの『異常』だ。 いや、だからと言って『殺人』という『罪』が普通なわけではないが……。

「まぁ、十中八九で殺るなら裏通り、かな?」

 そんな当たり前のことを一人呟いてみる。

 一人で呟いといて何だか、けっこう寂しい……。

 もうだいぶ歩き、いつの間にか裏通りへと踏み込んでいる。

 いや、まぁ、最初からそのつもりだったんだが、入ってみたらけっこう怖い。

 そこは異様に暗く、町の街灯からの僅かな光だけが、裏通りの人のいない世界を照らす。

 月は雲と高過ぎる建物の影に隠れて、ここにいる僕には見えない。

 あ。でも、

「ここから先は危険ですよ?ケガをしたくなければ、……いや、生きていたいと言うのなら、そこより先に踏み込まず、お帰りになられたらどうですか?」

 そんなことを考えていると、まだ明るい町と暗すぎる裏通りとの境界線から鈴のように木霊し、響く声。

「朋夜は以前たしかに私に言いましたよね。

 まだ死にたくない、と」

 そこにいたのは長い黒髪を風に流してたたずむ影。

「だというのに、貴方は死にたがっているかのように私を誘う」

 そいつの姿は、月や街灯の混じった逆光でよくは見えない。

 でも、僕はそいつをよく知っている。

「私は貴方を殺させたくも、貴方を殺したくもないというのに……」

 鈴のように、墜ちる前の蝶のように、儚げにコンクリートに吸い込まれる小さなその声は、不思議なことに、しっかりと僕にも聞こえた。

「貴方は本当は死にたいんですか?」

 それは、彼女に生まれた曖昧すぎる一つの疑問。

 だというのに、なぜか僕はその質問について真面目に考えてしまった。

 そして、無駄に真面目に考えたための答えが一つ。

「やっぱり、まだ死にたくないや」

 昔、まだ僕達が幼い頃に、初めて彼女と出会った時と、変わらぬ答えだった。

 そして、彼女は嬉しそうに笑っていた。

 何が嬉しかったのかはわからないが、彼女の笑顔が嬉しそうに見えた。

「どうして笑うんだい?」

「それは嬉しいからですよ」

 そう言って、彼女は、あの時と同じように、また嬉しそうに笑って、僕のすぐ隣りまで歩き、

「御久し振りです、朋夜」

「うん、久し振り。……とは言っても、そんな会わなかったって感じしないけどね」

 嬉しそうな彼女の顔が急に不満そうに膨れる。

「朋夜はそうでも、私は久し振りに会えて嬉しいんですからね。

 嘘でもそんなことは言わないで下さい」

 ……嘘でもって……。

「もう!聞いているのですか!?」

 彼女、“斬原(きりはら) 流香(るこ)”はなぜか怒っていた。

 これは余談だが、その姿はまるで子供のようだった。

「はいはい、聞いてるよ」

 何となく、微笑ましい気分になった。

 実際はそうでもないとわかっていながら、彼女の本質を知っていながら、僕はそんなことを思っていた。

「それと、こんなとこにまで現れたってことは…―」

「えぇ。昼間のファミレスまで那和にお姫様抱っこで抱かれていましたよね」

 ……そこからか……。

「ん?どうしましたか?」

「いや、別に……」

 思いっきりうなだれる僕に、流香は、

「別に気にすることはありませんよ?

 寝顔も女の子みたいで可愛かったですし」

 笑顔でそんなとどめをさしてくれた。

「……いや、もう、いいや……流香も那和も趣味が悪いってもうわかっているから、いいよ」

「那和はともかく、私まで趣味が悪いとは酷い言い様ですね……」

 口を尖らせて拗ねる彼女の横顔は、彼女の本質に似合わず、やっぱりどこか子供っぽいもので、つい、僕は笑ってしまっていた。

「……何を笑ってるんですか?」

 ……どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。

 流香は何だか怒っているようで、


―目はナイフのような殺意を孕んでいた。


「何を笑っているのか、と訊いているのです」


彼女の鈴のような声が凜と裏通りに響く。


 曰く、それは戦慄の旋律。


 曰く、それは殺意の奏曲。


 曰く、それは――、


 ……そこで、

「……あぁ」

 朋夜は、小さな溜め息と嘆息をついて、全部理解した。

 考えれば、全部偶然だった。

 今日、朋夜が裏通りに入ろうとしたことも。

 今日、朋夜が流香に会えたことも偶然。

 その理由を考えれば、そうすると笑っているというのは…―。

「そこにいたのか、切り裂き魔」

 そう、件の切り裂き魔。

 よく考えれば、そいつがこの町のどこかにいるというのだけは、幾多の殺人に裏付けされた必然だった。

 そして、そいつを探しているという仮定があったからこそ、皮肉にも僕達はこんなとこで出会ったのだから。

 なぜなら、そうでなければ、こんな『人が死ぬには打って付けの場所』で、彼ら二人が出会って何も起こらないはずがなかったのだから。

「隠れていたいならそのまま聞いてくれ」

 朋夜は、その必然的な偶然に嘆息しながら、件の切り裂き魔に向けて呟いた。

「僕に殺られるのと流香に殺られるの、どっちがいい?」

 朋夜は、感情の無い声で、切り裂き魔に向けて、たしかにそう言った。

「出て来ないならこっちから…―」

 流香が、そう言いかけて、まるで獣のように体を地に這わせるように走る。

「こっちから行きますよ?」

 そう言った流香の手には、どこにでも売られているような包丁が握られていた。

 それから、僕から見た限り、切り裂き魔の行動は意外なほどに冷静だった。

 切り裂き魔は物陰に隠れるのを止め、壁を蹴るように跳躍、そのまま手に握られていた二本のナイフを投げ付けた。

「―っ」

 気合いの入った流香の包丁による一閃が、僅かな街灯に反射し銀色の曲線を描く。

 キィィィィンと、耳が痛くなるような金属がぶつかる音が響く。

 一本は流香の足元に叩き落とされ、もう一本は朋夜の顔に目掛けて弾かれた。

「危ないなぁ」

 朋夜は、何事もなかったかのようにナイフを弾かれたナイフを、指で挟んで、

「とりあえず返すよ」

 そして、切り裂き魔に向かって投げた。

 そのナイフは着地し、一瞬だけ動きの止まっていた切り裂き魔の足を、地面へと縫い付け、切り裂き魔は音の無い悲鳴をあげた。

「終わりですよ。切り裂き魔、ジャック・ザ・リッパー、快楽殺人者、……もう」

 切り裂き魔と流香の距離が2m足らずになると同時に、流香は体の筋肉をバネに変えて、一直線に跳び、

「アナタはおやすみなさいな」

 流香は、切り裂き魔の両腕を切断した。

「さぁ」

 そして、僕は慌てて走り、

「殺してあげま―」

「止めるんだ」

 僕は、流香の腕を掴んで、彼女が『人を殺すということ』を止めさせようとしていた。

「貴方は、どうして止めるんですか?」

「君は、どうして殺すんだい?」

「それは私の勝手ですよ」

「それなら止めるのも僕の勝手だよ」

「屁理屈にしてはくだらないですね」

「屁理屈のわりにくだらないね」

「離して下さい」

「離さないよ」

「殺させて下さい」

「殺させないよ」

「死にたいんですか?」

「死にたくないよ」

「ならば、邪魔なんかをしないで下さい」

「でも、しなければ流香はこいつを殺すでしょ?」

「……当然です」

「なら、絶対に離さない」

「―っ」「流香が殺さないと言うまで絶対に離さない」

「んなっ!?」

「答えは?」

「……殺します」

「ごめん、絶対に離さない自信はないや」

「……やっぱり止めます、いい加減にくだらないですし……」

 けっきょく、流香は、不満そうに僕を睨みながら、しぶしぶながらも包丁を捨ててくれた。

「よしよし」

「……子供じゃあるまいし撫でてもらっても嬉しくありませんっ!」

 僕は流香の頭を優しく撫でてあげたが、流香は顔を真っ赤にして怒ってしまった。

「……那和は喜んでくれたんだけど……」

「……那和みたいなのと一緒にしないで下さい」

 どうやら、皆が皆、頭を撫でられて喜ぶわけではないらしい。

 そう考えると、那和やうちの妹や学校の幽霊さんは例外か……?

「……何を考えているんですか?」

「いや、別に?」

 僕をいぶかしむように見つめる流香の顔は、もう先ほどまでの本質『殺人鬼』らしさは微塵も感じられなかった。

「さて、もう眠いや」

「そうですか?私はまだまだ余裕ですね」

「そう。じゃ、またいつか、こんな夜の日にね」

「朋夜は、これからどうする気ですか?」

「え?」

「これからどうするつもりなのかと聞いているのです」

「どう、って、帰って寝るつもりだけど……」

「なら暇ですね」

「いや、だから、帰って…」

「暇ですよね!」

「眠…」

「暇なんですよねっ!」

「……はい」

 ……どうやら、

「では、これから私と少し……」

 この町の女性達がくだらない切り裂き魔に怯える夜は終わっても、

「デートしましょう♪」

 僕と流香との夜は、まだ少しの間だけ終わらないようだ。













Fin.

 

どうも、婀羅洙です。毎度ながら、こんな後書きまで読んで下さってありがとうございます。


それでは、これにて“殺人鬼とペーパーナイフ”の物語の一日目『人間観察』は完結です。


いかがでしたでしょうか?

幼馴染み×2なこの物語は、朝と昼では那和が、夜は流香が……

まぁ、ゲームの正ルート・裏ルートみたいな感じで良いかも?


まぁ、まだまだ色々とキャラを出していくつもりですが、とりあえずメインキャストは朋夜、那和、流香の三人で。


私個人としては、希代のロリっ娘を出せなかったのが酷く心残りな結果と……


……え?清人を忘れてるって?

大丈夫ですよ。彼は明らか過ぎる脇役ですから(笑)



では、また次回『無題』でまた会いましょう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ