2,人間観察 7/2(昼)
「……ん」
「あ。起きた?」
起きたか、と聞かれるということは、どうやら僕は寝ていたらしい。
視界がぼやける目を擦ると、目の前には見慣れた幼馴染みの顔が、いつものような無邪気な笑顔を向けていた。
そして、目が覚めてから、意識が覚醒を始めて、やっと感じられる、なんとなく今さらな違和感。
何だか、妙に柔らかい感触が体を包んでいるような、妙に温かい感覚。
あまりの気持ちの良さに、もう一度意識を手放して眠ってしまいそうだった。
体が先ほどから感じ続ける謎の浮遊感も眠りを誘う一要因であろうか……。
……浮遊感?
……まさか……
「……あぁ、やっと起きたん?……お姫様……」
「……お姫様……ピンポイントに今の朋夜よね♪」
「……那和、とりあえず降ろしてくれないかな?」
清人の『お姫様』で一気に、現状の把握と意識の覚醒ができた。
そして、今の状況に顔が赤くなるのを感じる。
「……よりにもよって、何で僕は那和にだかれているんだい?
それから、本当に恥かしいから降ろして……」
実は初めてではない、俗にいうお姫様抱っこ。
しかし、初めての時は、たしかかなりの昔に那和に、今は何と白昼堂々と、またもや那和に抱かれているという何とも情けない状況だが……
「えー。やだー朋夜を離したくないー、……それとも、私に抱かれるのは嫌?」
僕は思わず、むしろ抱いてくれとか言いそうになるのを堪えた。
もし、そんなことを言えば、那和が何をするかわからない。
「……とにかく、降ろしてよ」
「いーやー」
「暑いでしょ?」
「暑くないもん」
「嘘つき」
「嘘じゃないもん」
「じゃあ、僕が暑い」
「暑いの?」
「うん、暑いや」
「じゃあ、ジャケット脱ぐね」
「……いや、それじゃ大して変わらないんじゃ……」
「……朋夜は、その、路上にも関わらず、脱ぐのがいいの?」
「……もう何でもいいからとにかく降ろしてくれると嬉しいよ……」
「……何か、大変なんじゃよ……微妙に会話がずれとるし……」
清人の溜め息は、僕達の会話に入れなかったためか、少し寂しそうだった。
「それで?どうして僕は那和に抱かれたまま商店街を連れ回されて辱められた後にファミレスまで連行されてるんだろうね?」
「さぁ?」
満面の笑顔で惚けた答えを返す那和。
そんなこんなで、またいつもの彼女の気紛れによるものだろうか、僕達は学校帰りにファミレスに寄って、……否、僕はファミレスに連れ込まれていた。
「一応とめたんじゃが、全然聞かなかったんじゃよ……」
……うん、那和は無茶苦茶なやつだから、止めようとしてくれただけでも感謝だ。
「……それから……」
そして、僕は、チョコレートパフェが二つと、コーヒーが二つと、ケーキが一つ、数枚の空の皿が置かれているテーブルを挟んで正面に座る、サングラスをかけた異常に痩せている男に、
「何で徨さんまでいるんですか?」
そう尋ねた。
その男、名前は紫藤 徨といい、那和の実の兄で、僕とも昔からの付き合いがある人物であった。
「うーん、まぁ、俺が那和に君を連れて来るように頼んだんだけどね……。
話を聞く限り、まさか、お姫様抱っこして連れて来るとは思わなかったけど……」
徨さんは、いつも妹がすまない、と言いながら苦笑していた。
「いえ、別にいつものようなことなので……」
「え?いつも抱かれているのかい?」
「それは初耳じゃ」
「え?いつでも抱いていいの?」
……これは、この人達は皆、僕を普段どういうふうに見ているというだろうか?
僕は、とりあえず、いつものこと(?)なので、とりあえず落ち着こうとコーヒーに手をつけた。
まだ湯気の立つ熱いコーヒーを飲みながら一息つく。
……うん、だいぶ落ち着く。
……さて、
「……それで?まさか徨さんが僕をお茶に誘うためだけにこんな目にあわせたわけじゃないですよね?」
もし、そうだ、なんて言ったら思いっきり殴ってやる。
「まぁ、今までのことからもう予想もつくんだろうね……」
徨さんは、ご名答、なんて茶化しながらコーヒーを啜る。
「単刀直入に言わせて貰う。『切り裂き魔』を捕まえて欲しい」
……あぁ、やっぱり、なんて嘆息している自分がいる。
本当は、そろそろ来るんじゃないか、なんて思ってた。
最近は平和過ぎた。
でも、この町は物騒過ぎた。
理由は一つ。この町に突如として現れた『切り裂き魔』こと『ジャック・ザ・リッパー』の存在。
そいつは人を殺し過ぎた。
警察はすでに動いていただろうが、殺人のことすらあまり多くは報道されていないことから、多分だが、警察は尻尾すらも掴んではいないのだろう。
―となれば、
「わかりました」
そいつも、もういい加減に、危険過ぎる。
―だから、
「その件、引き受けさせていただきます」
―答えはそれで十分だと思う。