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11,人格傷害 7/3(夜)

 

「あ。兄さん」

 聞き慣れたその声が耳に届いたのは、『殺人鬼』斬原 流香が好む裏通りに踏み込もうとした時のことだった。

「こんなところでどうしたんですか?」

 暗くてよくはわからないが、顔に巻かれた包帯が額から浮かぶ汗に少し湿り気を帯びているようにも見える。あくまでイメージだが。いや、だって……

「……いや。僕よりもその、…冴が背負ってるそれは……?」

「え?……あぁ、これですか」

 『それ』とか『これ』とか言われてる冴に背負われているそいつ。

「……那和……?」

「えぇ。紫藤先輩ですよ」

 冴はいつものように盲導犬を連れていないためか、そのための代わりに白い杖を右手に握っており、

「ほら。紫藤先輩ですよ」とか言いながら那和だか流香だか寝ていて判断のつかない那和の顎を下からその杖で押し上げてこちらに顔を見せてきた。

 何だか白目を剥いてこちらを見つめる那和か流香はとてつもなく不気味だった。

 って、そんなことよりも

「何ともないのかい?」

「えーと、それは私がですか?それとも紫藤先輩がですか?」

「どっちもだよ」

「どっちもですか」

 よいしょ、と力を込めて那和を背負い直す冴は半ば不満そうに頬を膨らませていた。

 どうやら本当に何ともないようで僕は静かに胸を撫で下ろした。

「まぁ、あえて言うなら、」

 その言葉を聞くまでは、

「斬原 流香……と名乗る人に襲われたくらいですね」

 そして、その言葉を、名を、『斬原 流香』という『殺人鬼』の名を、聞いた瞬間に、僕は背中が嫌な汗をかくのを感じ、頭の中真っ白になるのを感じた。




    ◆




「……んぁ」

 背中からもぞもぞと動く気配がする。

 それから大きなあくびを一つ。どうやら、今まで寝ていたこいつはやっと起きてくれたらしい。

「起きた?」

 声を掛けると、返事は無いものの身をよじっている感覚が背中越しに伝わってくすぐったい感じがした。

 彼女がわずか動く度にふわりと彼女の香りが僕を包む気がした。

「……ん」

 未だ眠そうな目を一度だけ擦り、彼女はまた体を僕の背中へと預けて、再び眠ってしまったらしい。

 それは昔からよくあることだった。

 那和と流香の、幼馴染みと殺人鬼の、表裏一体の関係。

 それはふとした偶然で知ってしまった彼女の秘密。

 今さら、冴に言われても、彼女への危機感などはとうの昔に薄れて消えた。

 今さら、学校の幽霊に言われた僕の彼女への危険性なんてとうの昔に抑えこんだ。抑えたつもりだ。

 彼女とともにいるために、彼女が彼女となったその時から、僕は僕を抑えて生きてきた、はずだ。少なくとも、僕だけは間違なく僕は信じている。

「……馬鹿らしいや」

 どうせ色々と考えても自分に対する悲観にも皮肉にもなりはしないとわかっていて、何かしらあればすぐ繰り返す自問自答にはもう飽きた。

 どうせ誰が何と言おうとも変わりなどしないくせに、なんて女々し……

「……っぐしっ!」

 ……妙に、後頭部が冷たい……。

「……何が馬鹿らしいのよ?」

 いや、そんな僕の独り言より先ほどのくしゃみで何かしんみりした気分が一気に払拭されたこととか、僕の頭が妙に湿り気を帯びていることとか、実は起きてただろうな、とかとにかく色々と言いたいことがあるんだけどどうだろう?

 とにかく、僕はあくまで手が痺れていたということで、彼女を支えていた腕を降ろす。すると完全に僕の背に体重を預けていた彼女は重力に引かれるままに地へと腰から落ちる。

 そう、それはニュートンが見た林檎の落下の如く。

「ぎにゃあっ……!?」

 奇妙な悲鳴を上げ、腰をうったのか、腰のあたりを擦りながらゆっくりと彼女は立ち上がった。

「……痛い」

「……そう」

 ……どうやら、今は、那和の方らしい。

 流香ならこんなことで涙目で僕を睨んだりしないし、彼女なら迷わず僕をぶん殴るだろう。

「……落とさなくてもいいのに」

「……ん?そうだね」

 僕は那和の文句を適当に受け流しながら、また歩を進める。

 那和はまだ不満そうに唇を尖らせながら僕の後について来る。

 それは昔から変わらない彼女との幼馴染みとしての関係。それは今まで変わりすぎて変わることのない変化。

 昔からの彼女との平穏は、ある時あっけなく崩れ去り、今は少し、否、思いっきり変わった日常に身を置いている。

「じゃぁ、また明日」

 もう、踏み込んでしまったことへの後悔も、帰れない二人だけの日常にも未練はない。

「うん。また明日ね」

 彼女がいるだけで、否、彼女達がいるだけで、十分だから、か。

 まぁ、とにかく、今日はここまでだろう。

 さすがに、二日続けて出て来た流香も、二日続けて厄介事に巻き込まれている僕も、たぶん今日はよく眠れるだろうさ。












Fin.

 

ども、婀羅洙です。


何かもう、かなり間が開いてて忘れていた方も初めての方もとにかく御久し振りですね。


今回のお話『人格傷害』は無駄に内容がガラガラの骨組。


これから物語がどう展開していくかは、朋夜、冴、流香しだい。


さて、ここで浮き彫りのまま放置された問題が二つ。


一つは、流香と冴の最初の出会い。


一つは、流香と朋夜の過去。


どちらもそのうち書くので飽きないでそれまで見守って下さいな。


では、また次回『非常日常』でお会いしましょう。

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