10,人格傷害 7/3(夢)
それはとてつもなく暗く、ただ広いだけの、『私』が中心であるだけの、何も無い世界だった。
その暗さは、『私』までも飲み込んでしまうほど暗くて、『私』と暗闇との区別さえも飲み込んでしまっていた。
その広さは、『私』を浮き彫りにしてしまうくらいに広くて、『私』がその辺の小さな欠片と同列だという錯覚さえ覚えた。
そして、その世界は、本当は『私』というものすら無いのではないか、というくらいに、『私』しか無い世界だった。
そして、そんなところに『私』は生まれて、育ち、そして、
―そこで死ぬ。
そう思っていた。
だが、意外なことにそうではなかったらしい。
ただただ、何もせず、ただただ、膝を抱え、ただただ、『私』を殺すだけのその世界で、朽ちていく、そう思っていた。
その世界の見えない壁が、音を立てて砕け散るまで、『私』はそう思っていた。
◆
「……………」
初めて見た外の世界に、『私』は沈黙した。
初めて見た外の世界は、流れる風を経て、照り続く陽射しを経て、この世界という在り方の全てに、『私』は畏怖を覚えた。
今までいた『何も無い世界』と『何もかもがある世界』との違い。
それは大きすぎた。
いきなりそんな大きすぎる揺籠から放り出された『私』は、立っているだけで精一杯だった。
世界が『私』を引き受ける。それを『私』という存在は必死で拒む。
目が熱い。頭が痛い。手が痺れる。呼吸が出来ない。心臓が破裂しそうだ。……心臓……?
その時、『私』は思った。
この心臓が止まれば、『私』はこの息苦しい世界から開放されるのではないか……。
そう、この心臓さえ……
『私』は、たまたま目についた、尖った銀色の妙に冷たいそれを、自身の左胸に…―
「―止めなよ」
急に響いたその声に、『私』は手を止めて振り返っていた。
なぜか、その声を、『私』は拒めなかったからだ。
「邪魔をするなら殺します」
拒めなかったから、『私』はその声を拒もうとした。
「邪魔をしないと君が死ぬ」
「ではまず貴方から殺します」
「それは、いや」
「では邪魔をしないで下さい」
「それも、いや」
「わがままですね」
「わがままだよ」
「貴方、名前は?」
「九条 朋夜」
「では朋夜、」
―私は、貴方を、殺します。
それは、『私』がそいつを拒む意を込めた絶対の言葉……のつもりだった。
だが、なぜか、そう、言っただけで、心臓が破れそうなまでに痛かった。
でも、あの時は、そんなことはあまり気にしなかった。
「何で?」
「貴方が私の邪魔をするから」
「そう」
「……死にたいんですか?」
「死にたくないよ」
「なら……」
「でもね」
そして、それが、
「僕は君が好きだから死んで欲しくないんだよ」
―私を生かしてしまった。
そんな単純な言葉が。
今思えば、『私』ではなく、紫藤 那和に向けられた言葉であったのだろうが、今は『私』も紫藤 那和だ。
そう。『私』は、
ども、婀羅洙です。
えー…今回の人格傷害はこれって途中で切れて、中途半端に書いて間違って投稿しちまったドジっ子ぶりを発揮したわけではございません。
だってこのまま過去話は引っ張るつもりですもの。
引っ張っといて伏線貼って、……ってのが理想ですよね。
とりあえず、今回の人格傷害は次のお話で終わる予定です。
では、また次回♪