取引
「伽羅(きゃら)……」
赤宮の皇座の室に桂のつぶやいた声が、滴となり波紋を起こした。
「…悪いがこちらは命を奪われている。手段は選ばないことにした」
月影が苦渋に満ちた表情を浮かべながら桂に告げた。
紅姫は王座に座り、月影と桂の二人を見ていた。そこに表情はなく、あるのは確固たる決意だけのように見えた。
窓辺から庭にしつらえられた茶席に、居心地が悪そうに座っている伽羅は、若い美しい娘で、意志の強そうな目元が桂によく似ていた。
おそらく自分には不釣り合いであろう扱いに戸惑っているのであろう。
目を細め、伽羅を見つめる桂。その表情は恍惚としており、日の光をつかもうとしている愚者にも見えた。月影はそんな桂の姿を初めて見たと思った。そして『親』というものの愚かさをひしひしと感じていた。
「…お願いします…お願いします!!伽羅の命だけは!!」
桂は蚊の鳴くような声から、だんだんと悲鳴のような声で嘆願した。
紅姫の表情からはなにも見て取れなかったか、おそらく心中は穏やかではないだろう。落胆か嫉妬か。まるで母親のように慈しみ接してくれていると思っていた桂が見せた、本当の親の表情に自分でもわからないなにかが、胸の中で波打っていることだろう。
「では、そちにはまず日陰を殺害した者、またはその組織を答えてもらおう」
「…知りませぬ。本当でございます!!今の私はこちらの状態を伝えるだけが仕事で、あちらのことは…」
「伽羅の後ろに立っている者が誰だかわかるか?」
庭の芝の上に敷物を広げ日傘を立てており、その傘の後ろに立っていたのは…
金剛であった。
「…!」
「金剛には左手の小指から落としていくように命じてある」
酸欠の魚のように桂は口をぱくぱくとさせた。
「そっ、そんなことが、ひ、姫様にできるはず…が、ない…」
桂の言葉に紅姫は答えなかった。
「私が左手を上げたら実行される」
紅姫はゆっくりと膝の上で組んでいた左手をあげようとしたのだった。




