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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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最後の言葉

『財ノ国』との境にある『境川』から引き上げられた男性の死体。その死体の着ている物などから紅姫の密偵、日陰ではないかと事情を知る者たちが集まり、死体を調べていた。するとその死体の『腹』の中から奇妙な石が出てきたのであった…

「やはりあのご遺体は日陰殿と、ほぼ確定いたしました」

「そうか…」

 赤宮。皇座室。

 皇座に腰を掛けていた紅姫は青白く、身動きすることもなく、生きた人には見えなかった。反して深紅の着物がいっそう紅姫の顔色の白さを際立たせ、血の色を、死を連想させた。

「石はどうなった?」

「はい。石はやはり密偵たちの使う伝言の入れ物でした」

「伝言にはなんとあったか?」

「夜襲と書かれておりました。そして日付。最後に…」

「最後に?」

「紅姫様にと思われる言葉が」

 月影は読み上げずに、その紙を皇座まで持って上がった。

「………そうか」

 紙片に目を通した紅姫は目を瞑り、天を仰いだ。

 横に立つ月影は、ただ一緒に紅姫の哀しみに寄り添っていた。

 どのくらいの時間が経ったことだろう。紅姫が口を開いた。

「…日付は夜襲を仕掛けてくる日だと思うか?」

「はい」

「後、ひとつきもないではないか…」

 紅姫が唇を噛み締め、頭を抱えた。

「もし『鉄ノ国』が夜襲を仕掛けてくるなら、兵は『財ノ国』に一時集めておくことでしょう。今『財ノ国』がどうなっているのか調べさせております」

「うむ。密偵たちにはくれぐれも己の命を大事にと伝えたか?」

「…はい」

「ならばよい。もう人が死ぬのは見たくない」

「…」

 天を仰いでいたのと打って変わって、地を見つめる紅姫の瞳は暗かった。

「なんとしてもこの夜襲、阻止せねばならぬ。そうでなくては…」

 紅姫は言葉に詰まった。

 日陰の死が無駄になると言いたかったのだが、思うように言葉が出てこず、紅姫自信が狼狽した。

 紅姫の今にも崩れそうな様子を察した月影が力強く言った。

「わかっております。この月影、必ずや阻止してみせます」

「月影…」

「ここはひとまずわたくしにまかせて、日陰殿にお会いになったほうが良いかと…今日の夕刻前には土葬することになりましたので…」

「そうか」

 紅姫は少し考えているようだったが、

「すまぬ。一時この席を外す」

 月影は頭を下げて紅姫を見送った。


 先程の解体場に置かれた遺体…日陰の遺体には、皇族以外の死者としては異例である最高の位を表す紫色の布が掛けられていた。

「月影様のご指示により掛けさせていただきました」

 桔梗が線香の番をしながら紅姫に告げた。

 紅姫は日陰の遺体を布の上から撫でた。

「日向たちには…ここにはくるのか?」

「知らせは昨夜のうちに送っておきましたが、ここにはきません。というかこられません。私たちはそういう身分の者たちなのです。どうぞおかまいなく。皆わかっておりますから」

「…そうだな」

「金剛が今、土葬の為の穴を掘っております。この『冬の殿』がよく見渡せる、一段高い位置に植えられている桜の樹の下に埋葬するようです…」

「うむ…」

「先程、白蓮様がいらっしゃりました」

「そうか…のう桔梗、本当はこの遺体は日陰ではなく、日陰に仕立てた別人ということはないのであろうか?」

「姫様…」

「未練がましいと思うであろうが…どうしても私には信じられないのだ」

 桔梗は渋面を浮かべ、それからはっきりと告げた。

「姫様。この遺体、間違いなく日陰です。黒子や、傷跡の位置。日陰です」

「…そうか」

 紅姫はもう一度、そっと布の上から日陰の頬をなで、そして後は頼むと言い、解体場を後にしたのであった。

 曇天模様はいつしか雨になっていた。

 小雨がしとしと殿を包む。

 日陰から紅姫への最後の伝言。

 それは。

 永遠に…。だった。

今回もご覧いただきましてありがとうございました。

日毎に寒さを増しておりますが風邪にお気をつけて、皆様ご自愛下さい。

次回は10月24日金曜日15時に『戦~いくさ~』(仮)を投稿予定です。ではまた。

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