死体と石
「これが日陰…」
『冬の殿』の裏手、かろうじて屋根がかかっている、普段は牛や馬を解体する為の場所にござがひかれ、その上に男の死体は横たわっていた。
「これほど惨い殺され方をした死体をわたくしは見たことがございません」
体調を悪くした桂と、悪いことになっている紅姫の為に皇族お抱えの医師は『冬の殿』に残っていたのだ。まだ誰とも知れぬ死体を囲む医師、金剛、桔梗。そして月影に紅姫。紅姫からはまだ死体は見えていなかった。
「姫様はご覧にならぬほうが…あっ」
紅姫は医師の制止を受け流し遺体に近づいた。
「はっ」
紅姫が息を飲んだのが、その場にいた全員に伝わった。
「あぁ姫様、ふれられぬ方が…」
しかし紅姫は遺体の腕をとった。
「…これは、傷?か?」
医師が見ながら眉間にしわを寄せた。
「もみ合い、抵抗している間についた傷ではないかと思われますが」
「字、ではないか?」
「字?」
月影も近づき死体の腕をしげしげと見詰め、驚きの声をあげた。
「確かに!!は…ら?」
「わたしにもそう読めたのだ。金剛、すまぬがこの遺体の腹を割いてくれぬか?」
「腹をでございますか?」
「うむ」
「はい」
さすがの紅姫も今度は医師とともに数歩下がった。
「なにぶん水に浸かっていた為、人相は大きく変わっております」
紅姫がうなずくと、医師は頭を下げてさがっていった。
「姫様なにか出てきたら、ご連絡申し上げます。この場にいらっしゃられなくても…」
「いや、かまわぬ。続けよ」
微動だにせず紅姫は言った。月影が桔梗に耳打ちをする。
「桔梗殿は日陰殿の遺体だと思われるか?」
「…残念ながら」
「そうか…」
目を瞑り待ち続ける紅姫。
「あ?」
「なにか出てきたか?」
月影が金剛の横に片膝をおろす。
「姫様、その…大丈夫でございますか」
桔梗がたちこめる異臭に紅姫を気遣うが、紅姫はうなずくだけだった。
「これは…石?」
金剛が困惑の声をあげた。
「死体を沈める為に飲ませたわりには一つしか、それもこんなに小さい物を…」
「形が不自然だわ!!」
桔梗が言った。
「割ってみますか?」
金剛が持っていた腹切り用の包丁をのみに持ちかえた。
「ちょっと待って。私たちが使う伝言を入れる器かもしれない。もっとよく洗ってみてくれないかしら」
皆が腹から出てきた石に集まっている間、紅姫は空を見上げていた。曇天模様で今にも雨が振り出しそうに思えた。
(あれは、本当に日陰なのか?)




